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ルージュライン[M姫の秘密の魔法]

大量加筆&書下ろし&口絵付きで電子書籍化!ゴージャスな教え子に触れられて、初めての淫らな行為! M姫の秘密の魔法 年下S彼の華麗なる求愛

斎王ことり

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【お試し読み】M姫の秘密の魔法

『思わじと言いてしものを……はねず色の、うつろひやすき……我が心かも』
 書かれているのは古文の恋文。
「もうあなたのことを考えるのはやめようと思ったのに、またあなたを思っている……」
 女性の詠んだ歌を、低めのよく通る声が誰に聴かせるでもなく朗読して、現代風に解釈を加えている。
 赤い唇が微かに動いて、その隙間から皓歯が覗く。
 黒髪の毛先は微かな黄金。象牙色の肌。高い鼻梁。その向こうにカールして露さえ乗りそうな長い睫が揺れている。
 唇が細やかに動いては、ときおり机に向かって独り言を告げている。
 ぶつぶつと……。そう、ぶつぶつと、古典の教科書を睨みながら───。
「ねえ、センセ……センセ……」
 そう呼ぶ声がまたいい。決して侮っているわけではなく、そこそこ敬っているような響きを持ちながら、砕けた感じで愛おしそう。人なつこい気配も漂わせている、その彼独特の〝センセ〟という呼び方が美星(みほし)は嫌いではなかった。
 むしろ……。
(むしろ……とても……す)
「ねえ、センセ。センセってば、聞いてるのかなあ? もしや堂々とさぼりなの?」
「え?」
 はっとして美星は彼の顔を見つめる。
 さっきまで伏し目がちに教科書を睨んでいたその切れ長の瞳が、今は美星を見つめてきている。
「センセイは……何が好き?」
 指先でくるくると器用にシャープペンを回しながら彼が言う。
 栗色の水晶体が輝く目元はクッキリと睫が縁取り、表情豊かで人なつっこい。
 口角が妖しく吊り上がっているのは、どういう意味だろう。
「センセは、古文が好きなんだよね? 文学少女だったの?」
「まあ、本を読むのは好きだけど」
「そう、現在進行形だよね。古文では何が好き?」
「小野小町……とか……清少納言とか……」
「恋の歌詠みのかなりなメジャーどころかな、ふむ」
「そ、そんなことはどうでもいいわ。私のことはどうでもいいから、早くこの意味をちゃんと口語で訳してください。霜夜君。さあ、どうですか」
 美星は、顔を突き出すようにしながら、家庭教師の自分に言及してくる彼、霜夜から身体をさりげなく引き、そして先生らしく威厳を持って窘める。
 そう、この城之崎邸で家庭教師をしているのが自分。ここには日本国内では滅多にない城のように美しい邸宅を見に来ているわけではなく、置かれているアンティークの家具調度品に眼福をあずかるのが楽しみだとか、そういうよこしまな思いもない。一応、ないことにしている。
 ましてや、モデルか芸能人かというくらいに整った顔立ちの高校生、城之崎霜夜の姿を見るのが楽しみだとか、頭の回転の良さを感じさせる会話が好きだなんてことは絶対ない。断じてない。
『益荒男の現し心も われは無し 夜昼といはず…恋ひしわたれば……』
 万葉集を読み上げる声。低く張りのあるいい声だ。美星は教科書に目を落としながらその声だけ、身体にミストのように受けながら、真っ白な空間で真っ白な椅子に身を任せている。
「意味は……『立派な男であっても、私はもうまともな思考を失った。夜も昼も彼女のことばかり思い続けていて、何も手につかない。いつも上の空だ。困ったものだ』」
 霜夜がノートに書き込んでいた現代訳を読み上げる。
「はい。いいでしょう。次は?」
「『常かくし恋ふれば苦し……しましくも心休めむこと計りせよ』」
「はい。読みは何度かくり返して。そうすることで身体にじんわりと染みつきます。音読することがとても大事だと教えていますよね?」
「はい。『常かくし恋ふれば苦し……しましくも……』」
「いいでしょう。意味は?」
 美星は普段の口調とは違って、ここではあえて〝大人〟として〝家庭教師〟として、堅苦しい言葉を選ぶようにしている。
 白亜の豪邸の裏庭に面した二階の書斎。ここは美星が家庭教師のアルバイトをしている家だ。
 おとなしくて控えめで、はっきり言って内気な自分がこの目を見張る広大な敷地を持つ純白の鉄筋造りの豪邸で、アルバイトをすることになったのはわけがある。
 社交的で活発で美人の誉れ高い妹の紹介だ。その妹の姫野真珠が知り合いの頼みでやるはずだった家庭教師を、姉の美星が代理で受けることになって、始めたアルバイトだった。それは期限つきの古文と現代国語限定の特訓授業の教師だったから、三ヶ月の土曜日曜続いていた授業ももう今月中で終わる。このお城のような邸宅に来ることもなくなるだろう。
 そして、来月にはこの大人びた容姿にしては人なつっこくて、今時の高校生にしては擦れたところのない城之崎霜夜の姿を見ることもなくなる。
(あと一週間……くらいよね……)
「センセ……センセってば。ねえ、聞いているの?」
 ついぼうっとそんな感慨に浸っていたせいだろう。教科書を見ているようで見ていなかった美星は、彼の声ではっとして顔を上げる。
 すぐそこに若々しく整った顔がある。
「あ、なに?」
「また聞いてなかった? 『今度の試験のあと、家でパーティーを開くから先生もどうぞって母が言っているんだけど、土曜の午後なら空いているよね?』って聞いた」
「あ……」
 ずいぶん長い言葉を聞き逃していたのだと思って美星は焦り、でもその焦りを隠すために一度呼吸を整えてから、わざと彼に冷ややかな顔を向ける。
「霜夜君。お誘いはとてもありがたいのだけどパーティーなの? 高校三年生の秋だったら、もっとぴりぴりしている頃だと思うのだけど?」
「ぴりぴりしたって仕方ないよ。出るのは実力。俺、実力は十分あるから」
 なんて大きなことを言うのだろう。こういうの、確か……。
「〝ビッグマウス〟そう思った?」
「う……!」
 美星は何も言えずに喉に言葉を詰まらせる。
「事実だから仕方ない。いちいちくだらない謙遜はしないよ。それに、俺が頭がいいのは、知っているだろ? 日本に戻ってきてからも偏差値78だし、一応試験があるけれど、ほぼエスカレーター式の大学だしね。母の理想は俺が首席で大学に入ることなんだ。うちの母はプライドが高いから」
 この落ち着き払った態度、余裕の眼差し。大人びた語彙。
「自分で自分の適性はよくわかってるんだ。俺は医学に進みたいんだよね。人体の寿命に関すること。テロメアって知っている? 大昔は人は三百歳くらいの寿命があったんだって」
「ああ、そうね。でも今は古文の授業だから」
「さっきセンセが指定したところは、全部読み解いてそこに書いた。三番の古文。四番の漢文。全部、先生が指定したところはやっておいたよ。だから……パーティーに出席するって約束してよ。ね」
 勉強と自分の未来における理想像。そういうものを語るときはその辺の社会人並みに大人びているのに、せがむときの眼差しは子犬のようで『嫌だ』とは言わせないものがある。
「そう、ね。土曜日の夜なら……」
「土曜日の午後いっぱい。昼から夜にかけて」
「顔を出す程度なら……」
「それでもいいよ。センセがつきあってくれるならよかった。俺ひとりじゃ間が持たないんだ。ああいう場って得意じゃないから」
「間が持つ? それだけのために私を午後ずっと拘束するの? それはどうかと思うわ。同じクラスの友達を呼ぶとか……」
 自分が出席するのもおこがましい気がして、美星はさりげなく代案を提供する。

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