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ルージュライン[艶蜜花サーカス]

WEB掲載分に書き下ろしを加えて文庫化! 艶蜜花サーカス 「フィリア・ドゥ・フェティソ」

中島桃果子

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【お試し読み】艶蜜花サーカス~フィリア・ドゥ・フェティソ~

 いつの時代の話かは知らないが、一世を風靡した、旅回りのサーカスの一座があった。サーカス、むしろ見世物小屋といってもいいかもしれないその一座は、町から町へと渡り歩き、儚いひとときの幻を、永遠に人々の胸に閉じ込めて、煙のように消えていく。その華やかな光、瞬きも忘れて見入ってしまう曲技の数々、どこからともなく聞こえてくる不思議な音楽。一座が放つ妖しい香りに引き寄せられて、人々はそれをひとめ見ようと行列をなした。


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 サーカスの仕事は儲かる、こんな売り子の仕事でも。
 やる気なく働きながらミキナスはそう思う。現在夜の部絶賛上演中。ロビーにまで音楽が流れてきている。でもミキナスはそれを見たことがない。興味がない。だから暇を見つけては、音に合わせて鼻歌を歌って過ごす。
「フィリア・ドゥ・フェティソ」が他に類をみない大規模かつ華やかなサーカスで、絶大な人気を誇っていることは知っている。でもその情報も自分にとってはそこまで大切なことではない。とにかくサーカスの仕事は儲かる、だからしているだけ。
 宴者とか衣裳とか音楽とか、演出に関わる仕事は一座に入らないとできないが、受付や売り子のような、制作部のお手伝いの仕事は、一座の行く先々で現地の人間が雇用される。一時的な雇用の為、特に綿密な審査などないが、熱狂的なファンではないほうが、宴者たちの安全面を考え優遇される。ミキナスは姉が、「フィリア・ドゥ・フェティソ」の衣裳部への卸の布屋で働いているコネもあって、簡単に雇ってもらうことができた。仕事は簡単。飴細工を手に入れる為の籤を売るだけ。
「ミキナス」
 気づくと受付嬢のビスチェが目の前に立っていた。
 すこしビスチェの目を見てから「両替ですね」と答える。これはふたりの暗号。
「お疲れ様」と言うときの意味は(例のもの、今日は流せない)。
「両替ですね」のときは(今日は、ある)。
 ビスチェとミキナスはこの町の人間だ。受付嬢も現地で調達されるが、受付嬢はおそろしく美人であることが条件なので、ミキナスは受付嬢にはならなかった。ミキナスだってそれなりに可愛げのある容姿ではあるが、おそろしいほどの美人ではない。
 ビスチェが長い睫毛をすこし伏せて、大きめの封筒を渡してくれる。レジ金の両替をするふりをして、その封筒の中に青のユニコーンの飴を入れる。
(ユニコーンだ!?)
 ビスチェが目を丸くしている。ユニコーンはなによりも高く売れるから。
 ミキナスは(そうなのよ!)という感じに、ビスチェにならって一度目をまるくしてから頷き、「お疲れ様です」と言って封筒を戻す。
 ――ありがとね。
 ビスチェはそう囁くと、くるりと向きを変えて受付へ向かう。長い金髪が振り子のように揺れながら遠ざかっていく。
 ミキナスがショーケースに並べカウンターで籤と交換している飴細工は、砂糖と水と着色料だけでできている、なんの変哲もない飴細工だ。なんの変哲もない飴細工だが、それを手に入れる為の籤はおそろしく高かった。その上、籤はサーカスのチケットの半券と交換なので公演ごとに一枚しか買えなかった。
 飴には、花、蝶、鳥、魚、月、太陽、ユニコーン、ペガサスとあって、各々五色くらいずつ種類がある。それらを、要求される組み合わせで揃えると、終演後スターに会うことができるのだ。各々のスターによって組み合わせは違う。例えば、ピンクの蝶2+赤のペガザス1+銀のペガサス1+緑の太陽3=空中ブランコの花形スターセルグ、といった具合に。観客はお金と運と、観に来る回数を重ねてやっと、憧れのスターに会うことができる。ファンたちは必死だった。
 飴細工そのものをお金で買うことはできないので、禁じられてはいるがファン同士の物々交換や、転売のようなものが、サーカスの外、つまり町中で暗黙のうちに存在するのも事実だった。飴は闇市でとてつもなく高く売れる。ビスチェの家はとても貧しいので、ミキナスはときおり飴をこっそりビスチェに流してやり、ビスチェはそれを、闇市で売って食いつないでいた。中でもユニコーンの青は品薄な上、一番人気のフィリアに会うにはユニコーンの青が三つも必要なので、これが手に入ることはビスチェにとってもとてもありがたいのだった。
 フィリアとはバレエでいうエトワールのような存在で、「愛」を象徴し、サーカスに在籍する女性、つまり艶女の中で最も位の高いスターである。
 艶女とは、春を知ってしまったが為に、背中や腰や、人によって場所は異なるが、花や蝶や鳥などの入った絵が浮かび上がったまま入れ墨のように定着した女たちのことをいい、性交による快楽や悦びが引き起こすこの現象を「艶浮き」という。
 艶女ではない普通の女はサーカスには入れない。いや、艶女であるがゆえに見世物小屋に売られると言うべきなのか。
「愛の護符」と名付けられたこの一座が他のサーカスと異なるところは、演目が「シルク・ド・フィリア」と呼ばれるいわゆるサーカスと、「ドゥ・フェティソ」と呼ばれる、すこし性的なショーの二部で構成されていることだ。中でも今季一番人気の演目は一座の創始者であるマダム・ドミナが演出する「横に逸れた愛」と呼ばれる艶女たちのストリップであった。そのストリップは、演出や照明や、艶女たちの裸体の持つ魔力などが重なって、いわばひとつの芸術と呼んで差し支えなかった。女たちは美少年たちの華麗な曲技に夢中になり、男たちは艶女の妖艶な肉体美に釘付けになった。
 こうして毎晩、町中に設営された大きなテントの前にはたくさんの人が並び、ミキナスが売る籤の前の行列は途絶えず、人々はこのサーカスを「夜の遊園地」と呼んだ。
「いい赤だ」
 ビスチェの背中に気をとられていたら肩越しに声が聞こえて、振り向くとサーカスの宴者のひとりが立っていた。いい赤とは、ミキナスの髪の色のことらしかった。
「すこし離れた大きな目は、そんな風に潤みがちだとなおいいね」
 そう言った彼――男というには儚げだが少年というには十分に大人びている――の髪は白金に近い金髪で、その毛先五センチほどがグラデーションで綺麗な水色に染まっていた。ミキナスの髪の赤は天然のものだが、彼のそれは意図的に染められていると誰もがわかるほどに毛先の水色が、色味じたいは淡いが鮮やかに発色していた。
「そしてたぶん……君の肌はマシュマロみたいに柔らかい、よね」
 だけど君は。彼はその華奢な体をミキナスに寄り添わせるとこう言った。
 ――君のからだは春をまだ知らない?
 彼のことは知っていた。ルアンシィ、ルアンシィといつも女の子たちが騒いでいる。サーカスの宴者だ。えっと、たしか彼に会うために必要な飴は、青い月、青い太陽、銀色の魚に桃色のユニコーン、それぞれひとつずつ。
 見たことはないけれど、彼の演目は「妖技」と呼ばれる種類のもので、鎖でグルグル巻きにして閉じ込められた檻からあっという間に脱出したり、透明人間のように壁に消えたりすることで人気の宴者だった。透き通る空色の切れ長の目。ちょっとドライな感じの雰囲気。その細くて色っぽい指や風のような振る舞いはどこか妖しくて、佇まいそのものに生身感があまりなかった。そのせいか男性に対して警戒心の強いミキナスも、あっという間に距離を縮められてしまった。

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