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ルージュライン[柏木シェフの発情レシピ~Kissから召しあがれ~]

「Dr.高間の発情診察」スピンオフ★ラブセクシーな口絵&特別書き下ろし付きで電子書籍化! 柏木シェフの発情レシピ~Kissから召しあがれ~

草野來

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【お試し読み】柏木シェフの発情レシピ~Kissから召しあがれ~

 行きつけの洋食店、ベラミのオーナーの名字が柏木(かしわぎ)さんということは知ってるけれど、どうしても彼を名前で呼べない。だからいつも「オーナー」と呼んでいる。
「オーナー」
「はい」
「もう一杯お願いします。オーナーも、いかがですか?」
 時刻は午前二時になろうとしていて、十分ほど前に最後のお客さんが帰ったところだった。後片付けが終わる頃合いを見計らって、声をかけた。気軽に、他意なく如才ない感じで。
 空になった私のショットグラスに琥珀色に光るウィスキーを注ぐと、オーナーはグラスをもう一つ取りだす。
「では、いただきます」
 ビールでもあおるみたいに、ひと口できゅっと呑んでしまう。
 オクタゴン型の、シンプルだけど品のいい眼鏡に色白の整った顔立ち。奥二重の目は穏やかに知的な雰囲気を醸し出して、白いコックコートと黒い短髪が清潔さを、小さな頭を覆うハンチングが“遊び”を見せて、なかなかにすてきな外見だと思う。
 笑うというより微笑むという感じの笑顔は、よく言えば優しげ、意地悪な見方で言えば優男風でもある。私同様、この店によく通っている女性客たちがオーナーを「男性の匂いがしない」「ひょっとしてゲイかも」と、こっそり評している気持ちも、分からないではない。
 だけど実は、この人はかなり男性的であり、かつゲイではないということも、私は知っている。
「もう一杯いただきます。これは自分にツケますから」
 そう言って、オーナーは自分のグラスに二杯目を注いで、一杯目よりもゆっくりと呑む。
 男性にしては柔和な顔立ちをしたオーナーの、意外なほどの呑みっぷりのよさ。そのくせお酒が入ると涼しげな目がうっすらと充血して、当人は意識してないだろうけれど、なまめかしくなる。
「なまめかしい」という表現が、はたして男性に対して褒め言葉になるのかどうか。だけど、これまで私は男の人に色気を感じたことなどなかったので、オーナーから酔眼をぴたと当てられると、つい、どきりとなる。
 チェイサー代わりの氷入り炭酸水を口に含んで、ウィスキーの匂いを消した。同じものを呑んでいるのだから気にしなくていいとは思うものの、この状況ではいつもこうするのが癖になっていた。
 私が飲み終えるのを待っていたかのように、オーナーはハンチングを取ってカウンター越しに身を乗り出した。
 唇がふれる。舌が入ってくる。ウィスキー独特の苦みと香気と、かすかな甘み。そして情欲の味が広がっていく。
「……っ……」
 喉の奥から小さな呻きがもれた。
 オーナーのキスはなめらかでやわらかい。唇の感触も、舌の弾力も、絡ませ方も舐め方も強弱のつけ方も、「上手い」というのとは少しちがう。「いい感じ」がする。とてもいい感じのキス。ずっとこうしていたいと思うくらい、この人とのキスはいい。
 だけど、私が応じる動きをしはじめると、唇はすっと離される。オーナーから薄い笑みを向けられる。自分にはキスより他にしなければいけないことがたくさんあるんだ、とでも言いたげな、慇懃な微笑。
「日原(ひはら)さんは、明日はお仕事ですか?」
「……はい」
「じゃあ、そろそろ上に行きましょうか」
 色気もムードもあったものじゃない、ビジネスライクな口調。なのに、そんな言い方にもなまめかしさを覚える私は、同じくビジネスライクに答える。
「了解です」
 ベラミの二階にはオーナー室兼休憩室兼、仮眠用の部屋がある。
 一階の店内が表舞台とするならば、ここはさしずめ楽屋だ。六畳ほどの広さで、右手に大きな机が、左手に本棚が、奥の窓際にはベッドがある。机の上には郵便物や書類が無造作に積み重ねられていて、本棚には料理関係の本、雑誌、資料が詰め込まれている。
 この部屋には時計がない。テレビも電話もない。机と本棚とベッドだけ。青を基調に彩られた表舞台とは対照的に、殺風景な空間だ。だけど私は気に入っている。この部屋に入るとオーナーの内側に潜り込んだ気分になる。
 穏やかで、愛想がよくて、男性の匂いを感じさせないオーナー。お店ではそういうキャラクターをつくってお客さんから慕われているけれど、実は素っ気ない人なのだと思う。そんな彼の性質が、この部屋にはよく表れている。
「いつ見ても、おもしろみのない部屋でしょう」
 声をかけられて、首の付け根に唇がふれた。肩甲骨までとどく、仕事中は一つにまとめている髪の毛の匂いを嗅がれる。
「いい匂いですね」
 くぐもった、どこかからかうような声が肌を震わせる。
「お風呂に入ってから、いらしたんですか?」
「……ええ。礼儀として」
 料理人という職業柄か、オーナーは鼻がいい。たまに私が香水を振りかけてきたり、髪にほんの少しでもオイルをつけたら、すぐに気がつく。油断ができない。
「気を使わなくてもいいんですよ。こちらこそすみません。いつも食べ物の匂いをぷんぷんさせてて」
 すみません、と言うけれど、本心からそう思ってはいないだろう。
 後ろから抱きとめられているので彼の顔は見えないけれど、口振りで分かる。それにオーナーの身体に染みついている匂いは、おいしそうで食欲をそそられる。もちろんそんなこと当人には言わない。あなたの匂いはおいしそうだなんて言えない。
 ブラウスの裾がめくられて、肌に指が当てられる。わき腹の、ろっ骨の位置を確認するように乾いた手で撫でられて、自然と身体がゆれてしまう。
「ふぅ」
 首の骨を軽く噛まれて、思わず声がもれた。
「日原さんは本当に、骨が弱いんですね」
 楽しそうにオーナーは呟く。
「そんなこと……ないです」
「でももう、こんな感じになっていますよ」
 そう言うと、彼はスカートの中に手を差し入れて、中指で薄布越しに私をさすった。
「……ぁ」
「ほら、下着の上からでも濡れてるのが分かりますよ」
「お酒を呑んだから……です」
「そうですか」
 そういうことにしておきましょう、という感じの物言い。意地悪な人だと思う。礼儀正しくて、意地悪な男。
 だけど、そのまま立った状態で続けられるのはつらかったので、ベッドに横たえられて、ほっとした。仰向けにされ、脱がされて、改めてオーナーの手と唇で全身をまさぐられる。
 身をよじって逃げないようしっかり私を押さえつけて、舐めたり、甘く歯を立てたり、吸ったり。この人の薄い唇で肌をなぶられると、ぞくぞくとした感覚が全身をつたう。
「あっ」
 右の腰骨の尖りをそっと噛まれて、悲鳴が上がった。
 オーナーの指摘どおり、私は骨が弱いらしい。ろっ骨や鎖骨、背骨、腰骨のところを舐められると、ひくつく。自分にそんな性癖があったなんて、この人とこうなるまでは知らなかった。
 尖りを口に含んだまま彼の右手が下りてきて、下着越しに敏感な部分を親指でこすられた。
「ん」
 快感が走る。やがて指は下着と肌の間にしのんできて、直に私を撫ではじめる。
 そうして右手を使いながら、オーナーは左手で私のわき腹を押さえ、骨と骨の隙間を親指で圧す。
「やぁっ……ぁ」
「ほら。やっぱり骨が弱い」
 鎖骨に舌を這わされ、噛まれた。
「っ……」
 オーナーのさわり方には、相手が音を上げるまでやめてくれないところがある。荒々しくはないけれど、遠慮がない。愛撫のひとつひとつに無駄がなくて、からだの奥までずくんと響く。

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