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ルージュライン[純潔ポルノグラフィティ]

文庫化決定!「待ってろ。おまえのこと、俺が奪うから」強引俺様王子×こじらせ処女のカメラマン! 憧れだったカレと始める、スペシャルファーストラブ♪ 純潔ポルノグラフィティ ~甘くて淫ら~

三津留ゆう

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【お試し読み】純潔ポルノグラフィティ~甘くて淫ら~

「意外と、いい体してんじゃん」
 甘く掠れたその声は、脳髄をとろかすようだった。
 ストロボが光らなければ、スタジオの中はぼんやりと薄暗い。天井のライトが逆光になって、“彼”の顔に濃い影を落としている。
 大きな熱い手のひらが、ウエストのラインを撫でる。“彼”の手はふとももをさすり、膝をつかむと、ぐいと外側に広げようとする。
「や……っ、何して……!」
「何してるか、わかんない?」
“彼”がくつくつと笑いながら、頭上にやった私の手首を押さえ込む。私の手の中には、買ったばかりのカメラがある――下手に暴れると、取り落としてしまいそうだ。
 わからない。
 わかるわけがない。
 こんな展開が、自分の人生に訪れるなんて。
 信じられない状況だった。
 大好きな“彼”にのしかかられて、脚のあいだに割り込まれている。身をよじって逃れようとするものの、体を固定されていて動けない。
 体の芯が、熱を持つ。
 その熱に侵されて、奥から何かがとろけ出す。
 私は体をふるわせて、足の付け根を固く閉じた。初めての感覚だ。体がじんと痺れるような、甘い疼きを私は知らない。
「や……めて……」
 耳に聞こえた自分の声が、もの欲しそうでどきりとする。
 本能に忠実な、濡れた雌の声だった。自分がこんな声を出せるなんて、思ってもみなかった。
「どうして? エロいとこ、撮りたいんだろ?」
“彼”が薄くくちびるを開き、意地悪く微笑んだ。
「だったら……その気に、させてみろよ」
 私は思わず、ぎゅっと身を硬くして目を閉じる。

 純潔を、失う瞬間。
 あんなに焦がれた、そのときだ。


   1

「やっぱり、無理ですってば!」
 ――都内某所、二時間前。
 ワゴンのバックドアを思いっきり押し下げると、スタジオの地下駐車場に、バン! と大きな音が響いた。
 ……こんなふうに全部、シャットダウンできればいいのに。
 はぁっと大きなため息が口から漏れる。できることなら、今すぐこの場から逃げ出したい。この撮影が決まってから四日間、念には念を入れて準備をした。それでも、うまくやれる自信がない。どうしても、覚悟が決まらないのだ。
「無理じゃねえって。お前の師匠が言うんだぜー? 大丈夫だって」
「ちょ……っと、待ってくださいよ、葛西さん……!」
 私の混乱をよそに、葛西さんはさっさと先に立って歩き出した。私もあわてて自分のカメラバッグを担ぎ上げ、師匠の背中を追いかける。
「無茶ですって! 私なんかが撮るなんて……」
「まーた出たよ、瞳子の『私なんか』。やめろって言ったろー? そんなことばっか言ってっから、売り込みもうまくいかないんだっつーの」
「でも……!」
 ゴムぞうりをぺたぺたと鳴らして歩く葛西さんの背中は、ひょろりとした長身なのに、軸がぶれることはない。だらしない無精ひげからはとても想像できないけれど、さすがは鬼才と呼ばれるカメラマンだ。
 どう考えたって、葛西さんが撮ればいい案件だった。どうしたって私なんかに、こんな大事な撮影を任せるなんて言い出したのか、さっぱり理由がわからない。
「だーからぁ、無理とか無茶とか、言い訳ばっかしててもしょうがねーだろ? どんなカメラマンだって、初めてのタレント撮りは緊張するって」
 葛西さんの指先がボタンを押すと、スタジオへと続くエレベーターの扉がするすると開いた。何階? と訊かれて、三階です、と返す。事前にスタジオの見学までしたのだ、間違いない。
 それでも、無理だ。やっぱり無理。
 どうしても、絶対に無理だ。
「無理です」とまた言いかけた私を、葛西さんがじろりと見下ろす。
「だいたいな、瞳子。お前、仕事選んでる場合か?」
「は……はい?」
「欲しがってたヤツ、買ったんだろ?」
「……そうなんですよ! 今日、初めての撮影なんです!」
 うっかり、声が弾んでしまった。
 そう、ついに買ってしまったのだ。
 国内メーカー最上位モデルの、デジタル一眼レフカメラ――私の師匠、葛西さんも使っている、プロユースの最新モデル。
 葛西さんが撮った“彼”の写真を見て、カメラマンになった私だ。師匠が使っているのと同じ機材は、ずっとずっと欲しかった、憧れの機材なのだ。
 最初はちょっと背伸びして、お店で手に取ってみるだけのつもりだった。
 でもそこで、出会ってしまった。
 ずっしりとした存在感、すべすべと官能的な手触り。反応のいいボディは、私の感性をぐいぐい引き出してくれるかのようだ。
 出会った瞬間、虜になって、何度も何度も売り場に通った。そのたびに、手の届かない切なさにため息をつき、葛西さんには「まるで恋だな」と笑われた。
 その機材を、ようやく手に入れたのだ。いよいよ、撮影の場でこの手にできる。緊張を上回って、すっかり舞い上がってしまいそうになる。
 けれど、からかうような葛西さんの声に、一気に現実へと叩き落とされた。
「あれ、瞳子のギャラじゃ安くねえもんな。知ってんだぞ? 五日間連続、もやし弁当食ってんの」
「う……」
 隠して食べているつもりだったのに、どうやら見られていたらしい。口のかわりに、お腹がぐう、と応えている。
 ローン残額、しめて五十万円強。しばらくは、もやしざんまいでもしょうがない。
「機材に凝るのもいいけどな」
 葛西さんが、ちらりと私の胸元に目をやった。
「はい?」
「食生活が貧相だから、育つもんも育たねーんだよ」
「な……っ……!」
「食うもんはちゃんと食えよー? 体は資本だからな、師匠命令」
「言われなくてもわかってます……!」
 確かに、カメラのこととなるとつい我を忘れてしまうのは、私の悪い癖だった。
 食べるものもおろそかにして大枚をはたいてしまったり、時間を忘れて熱中したり――だからだろうか、まわりの女の子たちがごくごくふつうにできていることが、私はどうも、うまくできない。
 私はこっそり、シャツの隙間から自分の胸元を覗き見た。
 ……やっぱり、他の子より小っちゃいのかな。
 温泉なんかで友達のを見たことはあるけれど、私のまわりはみんな大きめだ。曰く、「大っきいとね、かわいいブラなんかないんだから」「それに、肩凝るばっかりよ」。私の切実な悩みなんて、まるで理解してくれない。
 あげく言うことには、「男って、わりと貧乳好き多いじゃない。瞳子、言われたことない? 小っちゃいほうがかわいいよって」。
 …………言われない。
 言われたことない。
 そもそも、見せたことがない。
 私だって「かわいいブラって、サイズないのよね」なんて言ってみたい。「胸の重みで肩凝っちゃって」って言ってみたい。それに、やっぱり男の人だって、大きいほうが好きなのだ。だから私は、この歳まで――。
「だけど、運命的だよなぁ」
 間延びした葛西さんの声に、はっとした。
「は、はいっ!?」
「憧れの機材買って初めての仕事が、だーい好きな“彼”のグラビアだなんてな」
 そうだった……!
 機材の話を振られて、ピンチに陥っているのを忘れていた。もう一度、私は葛西さんを思い留まらせようと訴える。
「だから、余計に……!」
「無理じゃねえって。ほら、もう着いたんだから、観念しろよ」
 葛西さんがスタジオの扉を引くと、真っ白な壁に囲まれた空間が目の前に開けた。

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