ルージュライン[『女王蜂の王房~貴峰丸編~』]
WEB掲載分に書き下ろし&Hs先生のイラストを加えて文庫化決定! 『女王蜂の王房~貴峰丸編~』
かほく麻緒
【お試し読み】女王蜂の王房 貴峰丸編
天空に隆々とそびえ立つ蜂の王国。
蜂はヒトを支配し、喰らい、数百年の寿命を保ち続けた。
欲するは、強大な力と不老、この世の支配力。
ただ一匹の女王蜂が君臨する蜂の王国で、血塗られた歴史は繰り返される。
子宮を持ち生まれ落ちた王女がたどる運命。
女王となり、交合を繰り返し、絶対君主となり、種を繁栄させ国を栄えさせる。
血塗られた歴史に、終止符を打つことは可能なのか。
愛と欲にまみれ、王女は思う。
──ああ、どうして私が王女として生まれなければならなかったの──。
■1章
熱く火照った首筋に、ごつごつとやや骨張った指先が触れる。ああ、とこぼした吐息は熱く、ちりちりとのどを焼かれゆくような、それでいて何とも切ないようなものだった。
指先はゆっくりと私の首の筋をたどり、鎖骨を撫で、それからまた上に戻って私の唇に触れた。すると不思議なことに、触れてくる指先は先ほどまでの乾いた感触を失い、しっとりと私の唇に吸いついてきた。下唇の膨らみを、確かめるような慎重な手つきでなぞり、それから唇をめくって私の歯列をなぞる。ねっとりと、私をなぞる。
嫌、と言ったはずだった。やめて、と言ったはずだった。けれどもこの声帯が震えることはなく、ただただ熱を持った吐息がこぼれ落ちただけ。
「めのう」
誰かが私の名を呼ぶ。
ああ、誰だろう。返事をしたくとも、どうしても声が出ないの。だからその代わりに、あなたのお顔を見ようと思うのに、どうしてもどうしても、まぶたが開かないの。話せないし、見えないの。けれどもそのぶん、皮膚がびりびりと敏感になっていて、それにとても熱くって、私……。
「めのう」
また、名を呼ばれる。
その声を私はよく知っている。そう思いながら、ゆるく身をよじると、彼の指先がやんわりと私の胸の膨らみを撫でた。その瞬間に、今自分は裸なのだということと、この指先の主が『彼』つまり『雄』であるということを思い出すように認識する。
恥ずかしいと思い再度身をよじる。めのう、とまた呼ばれた。めのう、めのう。と雄が呼ぶ。それはどこか懐かしく、どことなく愛おしい声。
胸をやんわりと手のひらで包み込まれ、ゆうるりと揉み揺すられて、私はまた、ああまぶたを開きたい、と思った。優しいこの手の主を見たい。優しく私の名を呼ぶ、この声の主を見たい。見たい、見たい、見たい。
ああ、心地がいい。
しっとりとした手に乳房を揺すられて、そのいただきをやんわりとこねられて、私は次第に体の力が抜けていくのを感じた。うっとりとしながら、またしても不意に不思議なことに気がつく。雄の手には、体温がないのだ。熱くも冷たくもない、温度のない手のひら。吸いつくようにしっとりと心地がいいだけで、そこに温度はなく、私をうっとりとした心地にさせるだけ。
「ん、あ……」
また、唇に何かが触れた。
そう思った刹那に、声が漏れた。かすれた、しわがれたような声に自分でも驚くと、その次の瞬間にはまぶたがぴくりと動く。私は、どうしてだか切なくなりながら、薄く目を開いた。
目の前で揺れる、濃紺の影を作る髪。彫りの深い精悍な顔が目の前にあり、伏せた隻眼のまつげが私のまつげと触れ合って揺れた。
「めのう……」
優しい口づけの合間に、また名を呼ばれる。
「ん……あ……貴峰丸……」
わけもなく、ぽろりと涙が一筋こぼれ落ちた。どうしてだろう。
目の前にいたのは、貴峰丸……私のとても、大切な……。
幾度も唇は重ねられ、優しくついばまれ、舌でつつかれる。されるがままに受け入れ、私は陶酔したようにぼんやりと、彼のことを愛おしく思っていた。
「ああ、貴峰丸……もっと……」
考えもしなかった言葉が勝手に口をつき、私は唇を彼のそれに押しつけ、そして吸った。何の味もしない。どんな温度も感じない。ただ彼の唇を吸い、舐めて、舌を差し込んだ。
すると、貴峰丸の舌が今度は私の舌に絡みつき、口内を蛇が這っているかのようなぬめぬめとした動きを始め、私はそれに面食らいながら、彼の舌にしがみつくように彼の首筋にしがみついた。
貴峰丸の腕が私の裸の背中に回される。そういえば、彼も私と同様、裸だ。どこまで私は裸なのだろうかと考えたところで、背中を撫でる彼の指が、私のおしりの膨らみをたどったので、ああ私は一糸まとわぬ姿なのだな、と理解した。
裸の肌が触れ合い、密着する。深い口づけを続けながら、貴峰丸の手が私の背筋から臀部にかけてを愛撫し皮膚を粟立たせる。ぎゅっと彼が私の臀部を掴んだ。私は、ああっ、とはしたない声を上げて背をしならせ、そうすると腹の奥に熱くうねるような感覚があり、絶望であり歓喜でもある声で、私はもう一度啼いた。
「めのう。発情の、蜜の香りがしている」
名残惜しむかのように唇を離した貴峰丸が、低い声でつぶやく。本当に? と、私は首を傾げて鼻をすん、とすすった。するとまたまた不思議なことに、突然、先ほどまでは少しもしなかった甘い蜜の香りを感じ始めて、もうこれはとうとうおかしいな、と思った。
「夢だわ……」
「夢のように、気持ちがいいか?」
「あ……」
貴峰丸に問われた時には、彼の指先が私の秘部でばしゃばしゃと跳ねていた。卑猥な水音が爆ぜ、カアッと全身に熱が駆け巡る。
「夢だわ。おかしいわっ、貴峰丸。んっ、ああっ」
「何がおかしい。いつもこうして、お前は俺の指で悦んでいるだろう?」
「んっ、あ、そんな、こと……っ」
そんなこと、一度だってないのだから、これは夢だ夢だと自身の心に言い聞かせ、けれどもあんまり気持ちがいいものだから、こんなにも悦な感覚が夢だなんてそれもまたおかしいのかもしれないと、いっそう分からなくなっていく。
「めのう。いつものように、もっとよがれ」
「んっ、んんっ……わた、し、は……ん、ああっ」
「どうした、いつもはそんなに、しとやかではないだろう?」
艶めいた声音が、耳に吹き込まれる。いやらしい水音を立てて、秘部はかき回されている。どこをどうされているのだろう。どうすれば、こんなに気持ちのいい感覚になるのだろう。自然と足は開き、ももが打ち震え、私は腰を浮かせた。
「そうか。今日は、これくらいでは足りないということだな」
「んっ……ふ、あ……ん……?」
気持ちのいいものが、離れていってしまう。すがるように貴峰丸と自身の秘所を見やると、貴峰丸が私の足を持ち上げた。そしてその体勢で。
「あああああっ、あっ、駄目っ!」
ずぶりと、彼の太い男根が私の中に差し込まれ、驚きに声を上げる。
「何が駄目なんだ。いつもいつも、こうしてほしいと、ねだっているだろ」
深々と差し込まれた彼のもの。恐怖におののきながら、その奇異な光景を見つめ、私は言葉を失った。けれどもすぐに、彼が腰を動かす。引き抜きかけ、差し入れる。
「ひっ、あっ、駄目っ、怖いわっ、怖い……!」
「怖ければしがみついていろ。今日のお前は、まるで生娘のようだな」
目の前で腰を揺する貴峰丸が、にやりと笑った。怖いと思った。そして、愛おしいと思った。私はまた、涙を一粒こぼし、それから彼に強くしがみついた。
「あっ……あっ、あっ」
貴峰丸の腰の動きに合わせて、堪えようのない声が上がる。蜜の香りがしている。貴峰丸の香りも嗅ぎたいと思った。だから先ほどと同じように、すん、と鼻をすすったのに、貴峰丸の香りは感じられない。