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ルージュライン[びしょぬれラブ☆銭湯]

「ずっと見たかった。濡れているあなたも」無口だけど誠実な美形の年下男子と、ハダカの心を寄せ合うお風呂ラブ♪ びしょぬれラブ☆銭湯 ~番台から愛をこめて~

草野來

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【お試し読み】びしょぬれラブ☆銭湯

 柚子湯から顔を上げると、夜空に“月がさ”が浮かんでいた。
 ぼんやりと、白い光の円が月の周りを囲んでいる。
「明日は……雨になりそうね」
 かすれた声で背後に話しかけると、円(まどか)は後ろから私を抱きとめたまま、短く答える。
「晴れだよ。かさが薄い」
 もっとよく見ろ、というふうに、私の肩にのせている形のいいあごを、くい、と上向ける。
 たしかに、かさは薄くて切れ目があって、内側には星が見えた。空気も乾いている。冬の夜風が火照(ほて)った肌に心地いい。
 ほほに指先を添えられて、もう一度キスがしたいんだな、と思った。私もしたかった。顔を後ろに傾けて、どちらからともなくそっと、唇を重ねあわせる。
 しっとり湿って、やわらかいキス。ここのお湯のようにあたたかい。
 いま自分たちが、かなり非常識なことをしているということも忘れてしまいそうになる。そんなキスだった。
まさか、服を着たまま露天風呂に入っているなんて。それも男性と。着衣のまま混浴をして、キスをして。抱きあって互いのからだをさわりあっている。
 お湯の中で服の上からふれられるのは……妙にいやらしい感じがした。
 水気を吸って貼りつくブラウスに、骨ばった手が当てられる。長い硬い指で身が詰まっているかどうか確認するように押さえられ、胸のふくらみが大きな手に包まれる。
やわやわと、手のひら全体で、ゆるやかに揉まれて撫でられて。もどかしさに似た快感に、わずかに身をくねらせた。
「俺、へた?」
 すかさず尋ねられて首を横に振る。
「ううん……とてもいい」
「よかった」
 背中に彼の胸を感じる。弾力のある濡れた熱が伝わってくる。熱と鼓動と昂ぶりがぴたりと当てられている。
 まさぐられながら円の肩に頭をもたせかけると、再び月がさが目に入った。月を縁取る白い円。きれいな円。ふと思い出す。彼と最初に話をしたときにも、空にはかさが浮かんでいた。けむった秋空にぼんやりと浮かぶ太陽に、光の円がかかっていた。

 お風呂の調子が悪くなったのは、これから本格的に寒くなろうという十一月の頃だった。
マンションの管理会社へ連絡すると修理サービスはただいま順番待ちと言われ、やむなくしばらくの間、お風呂屋さんへ通うことになった。
幸い、歩いて十分ほどのところに銭湯を見つけることができた。「ヱビス湯」というレトロな名前の、木造、瓦葺(かわらぶき)の豪壮な建築様式で、広い敷地に高い煙突。銭湯というよりお寺か神社のような外観で、入るのにやや勇気が要りそうな感じではあるけれど、この界隈で銭湯はここ一軒しかない。駅と反対側にあるせいか、この町にこんな立派なお風呂屋さんがあるなんて知らなかった。
 知らないといえば、銭湯自体、私には初体験だ。
 十九歳から一人暮らしをはじめて十年。それなりに引っ越しの場数を踏んできてはいた。防音とか防犯とかキッチンの使い勝手とか、部屋を決めるとき、譲れない条件というのは人によってさまざまだろう。
 私の場合はお風呂だった。
 たっぷりお湯を張った浴槽にのんびりと浸かる幸せ。それに勝るものはない。
 手足を伸ばせるくらい広いバスタブと、壁がつるつるの洗い場。新品のシャワー設備。そこが気に入って借りた部屋なのに、肝心のお湯が出なくなるなんて。
 そういうわけでヱビス湯へ通うことになったけれど、暖簾(のれん)をくぐるや外見とは対照的にモダンな中身に意表を突かれた。
 広々としたフロントロビー。浴室には大浴槽のほか電気風呂、サウナ、ジャグジー、それに檜(ひのき)造りのアロマ風呂まである。湯気がこもらないように吹抜(ふきぬ)け型になっている 天井は、圧倒されそうなほど高い。
 内湯の横には露天風呂があり、石造りで雰囲気があるうえにこれまた広い。石壁で囲まれている ので外から見られる心配もなく、夜空を眺めてゆっくりお風呂が楽しめる。そばに植えられている楓(かえで)の木がまた風情があって、赤く染まりかかった葉がはらりと落ちて、お湯にぷかぷか浮かんでいるのもすてきだった。
 見ず知らずの人に交じって裸になることに最初は抵抗感があったけれど、お客さんたちはみんな自然に堂々と裸でいる。年配の方も小さな子も、気軽に言葉を交わしあって、微笑みあっている。そんな和やかさもいい。
 数回も行くうちに、すっかりヱビス湯が気に入った。高い天井も、広い露天風呂も。いつもちょうどいい温度で、少しぬめり気のあるお湯も。ただひとつ、気になる点を除いてはここのお風呂が大好きになった。
 たまにフロントに若い男の子が座っているときがある。
 切れ長の目をした細身の青年で、年の頃は二十代前半から半ばくらいだろうか。きつめの顔立ちに薄い琥珀(こはく)色の肌、首すじまで無造作に伸びた感じのこげ茶色の細い髪。こういう場所にはそぐわないというか、銭湯には似つかわしくないというか……ありていにいうと無駄に美形。
 夜シフトのアルバイトなのだと思う。この“バイトくん”が店番をしているときは、どうもロビーでのんびりできない。私はイケメンとかハンサムといった人たちが昔から苦手な性分で、芸能人でもないのに男性で美貌の人を見るとつい、構えてしまうところがある。
 だから、そのバイトくんがフロントにいるときだけは湯上がりにロビーでくつろぐこともなくそそくさと帰るけれど、それ以外ではヱビス湯へ通うのが毎晩の楽しみになった。

 そんなある日の土曜の昼前。カバンに入れておいたはずの社員証がどこを探しても見つからなかった。 裏面はカードキーになっていて、これから出社する予定だった。あれがないとビルに入れない。
 明日の朝までに台風予測のデータ分析をしなければいけないのに。
 どこに忘れたのだろう。昨日の自分の行動を思い返し、ヱビス湯の脱衣所のロッカーに置き忘れたかもしれないと推理した。
 電話をかけると若い男性が出て、たしかに社員証の忘れ物があるとのこと。いまから行ってもいいというので急いで身支度をした。休日出勤なので平日よりもいくぶんラフなシャツワンピースにデニムという格好で、普段は結っている髪を軽く梳(と)かし、化粧も薄めにしてヱビス湯へ向かった。
 入り口は開いているけど、まだ暖簾がかかっていない。
「ごめんくださーい」
 声をかけても返事がない。
 ビィーン、ギィィーと庭の奥の方から鈍い音が聞こえてくる。迷ってから、音のする方へと行ってみる。ちょっとした空地のように広い庭で、石壁に木材がたくさん積まれていて、男の人がこちら側に背を向けて電動ノコギリで木を切っていた。無心に、一心不乱に、といった様子の後ろ姿で、話しかけるのがためらわれた。
 ノコギリのスイッチを切って、その人が振り向く。私がいるのにようやく気づく。「……だれ?」
 無駄に美形なバイトくんだった。眉をひそめて私を見る。鋭い目つきを向けてくる。
「あの……先ほど電話した者です。こちらで忘れ物を預かっていただいてると」
「あ、これですか」
 彼はシャツの胸ポケットから社員証を取り出して、「名前を伺ってもいいですか?」と言う。
「一応、忘れ物を取りにきた人には全員そうしてるんで」
「空井(そらい)ゆらです」
「はい、たしかに」
 社員証をしげしげと眺め、私の勤務先を彼は口にする。

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