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大人気18禁乙女ゲーム『女王蜂の王房』待望のノベライズ決定! 『女王蜂の王房』

かほく麻緒

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【お試し読み】女王蜂の王房 白鴎編

 白鴎も、物心つく頃には私のそばにいてくれた、大切な存在。けれども白鴎は貴峰丸とは真逆で、表情は豊かで優しいし、私を縛りつけたりはしないし、女王 様の命だと言って窮屈なことをさせたりはしないし、私はこの国にとって特別な存在なのだと、口を酸っぱくして言ったりもしなかった。
 あれだけ色々と世話を焼いてくれる貴峰丸のことを、私は決して嫌ってなどいないのだけれど、白鴎と比べるとどうしても、今目の前にいる白鴎の方がいいわ、と思ってしまう。
 だって誰だって、自由気ままに甘やかしてくれる方がいいに決まっている。自分を可愛がって優しくしてくれる温かい存在がいいに決まっているし、そんな存在に対して心を開いてしまうのは、そうよ、仕方のないこと。
 貴峰丸が私のことを考えてくれているのは分かっているけれど、彼はちっとも安らぎをくれないから……、時折、心が壊れてしまいそうな不安を感じるのだもの。
 そんな時に、白鴎の存在はとても嬉しかった。
 ただ、彼はよく、蜂の王国であるこの浮島を離れ、ヒトの暮らす下界で過ごすので、そこだけは難点だ。
「めのう。心配すんなって。貴峰丸がうまくやってくれてるだろ?」
 優しい声音に鼓膜を刺激され、曖昧に微笑む。
「はい。今朝方、母が亡くなられてからはもう、とてもきびきびと」
「そうか」
「明日の葬儀も、全て手配済みだから、私はただその場にいるだけでいいのだと、言っていました」
「貴峰丸らしいな。ま、それなら心配ねえ」
 そっと、白鴎が私を抱きかかえていた腕の力を緩め、解放する。途端、よろりとよろめき、私はきゅっと白鴎の服の袖を握り締めた。
「おひいさん」
 ぽん、と白鴎がそんな私の手の甲を包み込む。温かくて大きな手。いつもと同じように、私を包み込んでくれる、優しい手のひら。すらりと長い指先は、くる んと私の手を覆い隠し、指の腹が柔らかく食い込む。その手の甲に浮き立った筋は、雌の私の手にはないもので少しだけ首を傾げた。
「で、お前は本当に大丈夫なのか?」
「母が亡くなられたことがですか? それとも、これから女王になることが?」
「両方だ。けど今はまず、母を亡くしたことからだ」
「白鴎にとってもお母様です」
「ああ、この国にとっちゃ、皆そうだ」
「だから私だけが、特別に悲しいと感じるのはおかしなことです」
「そうだが、そんなこと聞いちゃいねえよ。他の誰がどうとか関係なく、お前が大丈夫かどうか、俺は聞いてるんだろ?」
 優しく言いくるめるような物言い。少しも嫌ではない。むしろそうされると、寄りかかってしまいそうになる。
 強くならなければ、女王になるのだから強くならなければ。幾度となく自身へ言い聞かせてきた言葉を今一度、心の中で噛み締めた。
 昔から、私は駄目な王女だった。女王候補として、この蜂の王国に生を受けたというのに、まるで自信が持てない。王女様、王女様、と呼ばれても、それはめのう、めのう、とただ名を呼ばれているのと同じことだったのだ。私にとっては。
 勉強もできない方ではなかっただろうし、貴峰丸の言いつけだってきちんと守ってきたつもりでいる。けれど心はいつも置いてきぼりで、心だけが成長しないまま、今日を迎えてしまったかのようだ。
 知っている、分かっている。
 私は、女王となるべくして生まれた存在。
 この王国で唯一、子宮を持って生まれた、特別な存在。
 けれどもなぜ、私だったのだろうか。なぜ、私でなければならなかったのだろうか。
 ゆるりと白鴎に手の甲を撫でられ、我に返るように彼を仰ぎ見る。
 優しい目。このひとは何て優しい目で私を見るのだろう。気のいい彼は、たくさんの雌蜂から人気がある。ひとあたりが良くて、明るくて優しくて、気さくで開放的で、そして、どの雄よりもうんと強い、性の香りがしている……。
 ぞくりと体が震えた。
 やめて、私に触れないで。無意識に体が訴え、するりと彼のもとから逃れる。
「どうした、めのう。やっぱり様子が変だ。なあ、辛いならそう言えよ。お前の相談役はいつだって俺の役目だっただろ?」
 私は突然、何かが恐ろしくなって、ふるふると頭を振った。「めのう?」と、白鴎が瞳を曇らせ一歩私ににじり寄る。
「辛くなどありません。ただ少し、恐ろしいだけで……」
「そうだな。これからは、がらりと環境が変わっちまうだろうからな。何もかも」
「ねえ、白鴎。私も、お母様のようにならなければ、いけないのでしょうか」
「そんなことねえよ。めのうはめのうだ。お前のやり方で、この国を治めていけばいい。お前には、その力があるしな」
「いいえ。力なんてありません」
「貴峰丸が、お前が女王としての責務を立派に果たせるよう、これまでしっかりと仕込んでくれただろ。大丈夫だよ」
「それは、お勉強のことですか? 礼儀作法のこと? ごきげんよう、と頭を綺麗に下げることができれば、それで私は立派な女王になれるのですか?」
「そういうことじゃなくてだな」
「では、気の利いた会話ができるようになればいいのですか? それとも、玉座に座ってただ笑っていれば?」
「おいおい。どうしちまったんだよ。落ち着けって、おひいさん」
 そっと、なだめるように髪を撫でられ、確かに私は動転している、と思った。落ち着かなければならない。こんなふうに取り乱していたのでは、この先一体、どうなることか分からない。
「ごめんなさい、白鴎」
 謝罪を呟いた瞬間。ぽろりと涙が頬を伝い落ちた。
 自分でも訳が分からず、慌てて頬を拭おうとすると、それよりも早く白鴎の指先が伸びてきて涙の筋を拭ってくれた。頬に直接触れる白鴎の指先。それはとても親しみ、慣れたものであるはずなのに、今日は突然どきりとしてしまい息を詰めて唇を噛み締めてしまった。
「大丈夫だ。お前が泣き虫なことは、よおく知ってる」
「私はもう、女王にならなければいけないのに。だから、しっかりしなければならないのに」
 声が震えたのは、きっと涙のせいだったけれど、それはつまり私の心が弱くて涙をこぼしてしまったせいで、そう思うと強い憤りを感じた。
 いつだってそうだ。強く在りたいと思うのに、そのようにはなれない。お母様のようには、なれっこない……。
「大丈夫だって、めのう」
 白鴎が、優しく私を抱き寄せてくれる。温かな腕の中に包み込んで、私を甘やかしてくれる。私はいつまで経っても甘ったれだった。こと、白鴎の前では自分でも情けなくなるくらいに、甘ったれでわがままな王女だった。
 白鴎、どうか私をこれ以上甘やかさないで。
 貴峰丸のように厳しく私に当たっていいの。
 だってそうしなければ私は、いつまで経っても、駄目な王女のまま。女王になんてなれっこない。
 誰かのせいにしたり、誰かに頼ったり。どうして私は、ひとりで立つことができないままなのだろうか。
 本当は、女王になんてなりたくないから。
 本当は、その資格も器もない私が女王になるだなんて、到底おかしな話だから。
 本当はきっと全て分かっている。私は分かっていて、わがままを言っている。だから余計にたちが悪い。
「白鴎。どうしても……どうしても、私が女王にならなければいけないのでしょうか」
「ん? 何を言ってるんだ。お前以上に適役はいねえよ」

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