WEBマガジン{fleur}フルール

登録不要&閲覧無料!! 男性同士の痺れるような恋愛(ボーイズラブ)が読みたい貴女へ。ブルーライン
トップ ブルーライン はじめての恋は甘くせつなく 【お試し読み】はじめての恋は甘くせつなく~全部あなたが教えて~

ブルーライン[はじめての恋は甘くせつなく]

表紙&書き下ろしSSつきで電子書籍化! はじめての恋は甘くせつなく ~全部あなたが教えて~

粟津原栗子

1 2 → 次へ

【お試し読み】はじめての恋は甘くせつなく~全部あなたが教えて~

 ひとまず、いったん休憩が欲しい。いや、行為が痛いとか気持ち悪いとかではなくて、むしろ良くて、でも良すぎるのも、はじめての身にはつらい。あと恥ずかしい。あれだけ憧れた人が自分の股間に顔を埋めて欲望に舌を這わせているなんて、羞恥で思考が焼ききれそうだ。
「いやですやめてください」と言うのは、違う気がした。いやではない。ものすごく気持ちがいい。だから困っている。行為の一時中断を申し出るには、なにか言わねばと思い、名前を呼んでみることを思いついた。でもなんと呼べば?
「前川(まえかわ)先生」というのが呼び慣れているが、違う。こういう仲になってから、前川の本名である「秋穂(あきほ)」と呼ぶべきか、前川が日頃号として名乗っている「秋穂(しゅうすい)」と呼ぶべきか、迷っている。呼び捨てにしていいのかどうかも分からない。前川は真山(まやま)よりも十歳年上だから、さん付けで呼ぶべき? うだうだと考えている間にも、前川の愛撫は続く。
 舌の先でただ突くだけのやわいやり方は、次第に激しくなっていた。前川の口腔にすっぽりと先端を包み込まれ、真山は「うあ」と思わず声を出した。その真山の様子を上目づかいにちらりと見遣った前川は、にやりと笑い、前川を追いたてようと猛攻を仕掛ける。くびれや、先端の抉れを舌先でぐりぐりと押し、のど奥まで咥え込み、吸いながら上下に動かす。前川のやり方は刺激が強すぎて、腰から下が砕けそうに快感に痺れ、やっぱり一度間が欲しくて、でもどう呼んでいいのか分からなくて、分からないでいる間に前川の口内に出してしまいそうで――切羽詰った真山はつい勢いよく「前川っ」と叫んでしまった。きょとん、という風に前川の猛攻が止む。
 咥えていた真山自身からくちびるを離し、前川が上を向いた。
「――あっ、あのっ、すいません……その……ちょっと休憩を……」
「『前川!』って、光(ひかる)、おまえ、」
 ぷ、と前川は吹き出した。「呼び捨てって同級生かよ」と本気で笑っている。それから右腕を伸ばして、真山の頬を撫でてくれた。「かわいいな、ほんと」
「……あの、」
「良くなかった?」
「いえ……その、良すぎてそのまま、……」
「あー、出しちゃいそう? いいよ、そのままいけよ」
「いやです。だめです、それは」
「そういうもんなんだって」
 前川も起きあがり、座る真山の正面にあぐらをかいた。両手を取られる。マッサージするように手をさすりながら、前川は「はじめてにゃ刺激が強いか」と笑った。
「気持ち良かった?」
「……」ちいさく頷く。恥ずかしい。
「そりゃ、良かった」
 と、前川は笑う。日頃からよく笑う明るい性格であるのは知っているが、いまはそれが、全部自分に向けられている。どうも面映ゆい。そして嬉しい。握られている手がまた汗ばんでくる。
 ふと視線は前川の下半身に向いた。あぐらをかいているから、堂々と興奮する前川自身がよく見える。二十八年生きていてセックスの経験ははじめてで、恋人の性器など直視するのも恥ずかしかったが、妙に胸が高鳴った。前川が自分にちゃんと興奮してくれている、ということにも、安心する。
 同じことを前川にもしてみたいな、と思った。
 真山の隠さない視線の先に気付いた前川は、「俺のも触ってみる?」と訊いた。
「――っつか、嫌じゃなければぜひそうしてくれると、俺は嬉しいんだけど」
「やります」
 前川の喜ぶことならなんでもしたい。即答する真山に、前川は「無理すんなよ」と頭をぽんぽんとはたく。でも、大丈夫だと思った。手を伸ばしてみるとそれはとくとくと温かく、かわいい、というのが率直な感想だった。
 自慰と同じ感覚で、手で擦ってみる。前川が息を詰めた。キスをしてみたいと思ったから、屈んでくちびるを寄せた。先を舐めてみる。前川は後ろ手を突きながらも、真山の髪に手をやった。
 先程、前川が真山にしてくれていたことを具体的に思い出しながら行う。咥え込む勇気まではなかったので、ただキスをして、ちろちろと舐める。それでも前川は「いいよ」と言ってくれた。拙いやり方でも、優しく声をかけてくれる。
「……どうしたらもっと気持ち良くなりますか?」と訊いた。前川が一瞬真顔になる。
「……気持ちいいよ」
「……だから、もっと、です」
「もっとかあ。そうだなあ」
 そう言いながら、前川は身体を起こすように促した。「来いよ」と手を引かれたから、膝立ちになって、前川の膝の上にすっかり乗る。服を着ている時にもこういう抱っこは何度かしたことがあって(おそらく、前川はこの体勢が好きだ)、でも服を着ている時とは、なにもかもが違った。前川の体温が熱い。ぴたりと合わさった肌が気持ちいい。
 前川の手がそろりと後ろに這わされる。尻の肉をかき分けて密かに奥まった場所へ指が伸びると、誰にも触れられたことのない場所に、びくりと身体がこわばった。
 真山の耳元で、囁くように「ここ」と前川が言う。
「ここでしてえな……」
「……」なにを、と訊くほど、無知でもない。
「怖いか?」
「いえ、……緊張は、します。でも大丈夫です。俺、」
 前川の心臓の音が聞こえているのだから、真山の心音も届いているのだろう。
「はじめてで色々分かんないですけど、……先生とちゃんと、したいです」
「先生、」
 と真山の台詞を前川は復唱した。にやりと笑う。
「教え子とセックスしてるみたいで後ろめたいから『先生』はやめろ」
「……教え子だったんですってば」
「秋穂(あきほ)、って、呼べよ」
 そう言いながら、前川は真山を後ろへ押し倒した。

 ◇

 高校二年に上がると同時に、クラス替えがある。一組から七組まで、真山ははじっこの七組になった。担任の名前が「前川秋穂」とあったので、聞いたことのない新しい名前に、てっきり新任の女性の先生だと思った。だから七組の教室に入って、やがて現れたのが若い男性教諭だったので、真山は意外に思った。
 黒板に殴り書きで「前川秋穂」と書き、「マエカワシュウスイだ」と男性教諭は名乗った。
「担当は書道科。だから関わりなくて知らないやつも多いと思うけど、新任じゃないからな。『アキホ』が本名だけど、号は同じ字で『シュウスイ』だ。あ、号って知ってるか? 書道でいう、ペンネームだな。師匠がつけてくれた大事な名前で、本名は女みたいだし、普段はこっちをつかっている。おまえらも呼んでいいぞ。――これから卒業まで面倒見る仲間だ、よろしくしてくれ」
 そう言ってにっと笑う。眩しい笑顔に、真山は釘づけになった。まだ若い、というところにも親近感が持てた。陰鬱で根暗な自分にも、良くしてくれそうな。
 その頃の真山と言えば、人生のどん底だった。
 両親は毎晩言い争いをしていて、歳の離れた幼い妹の面倒を真山がみていた。元が暗く、ネガティブな思考の持ち主だ。両親が離婚したらどうしよう、ということばかり考えていた。妹は身体が弱い。両親の喧嘩もそれが原因で、公立高校で学費が安いとは言えまだ自分は自立出来ていないし、こんな性格のせいで、アルバイトもろくに続かない。人生悩みっぱなしで、このまま悩み続けるようなら、大げさだけれども自分に生きている価値はないとさえ思っていた。
 そこに光のごとく現れたのが前川だった。

1 2 → 次へ
▲PAGE TOP