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ブルーライン[好きって言うから聞いていて]

WEB連載分に書き下ろしと加えて文庫化決定! 好きって言うから聞いていて

葵居ゆゆ

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【お試し読み】好きって言うから聞いていて

 童顔だ、ということくらいわかっている。
 わからないのは、なぜそれを理由に、あかの他人に帰宅途中のくたびれた新幹線の中で説教をされなければならないか、ということだ。
(ぜんっぜん、理解できない)
 むかむかした気分にまかせて、宇唯達季(ういたつき)はいつになく大股早足で駅からの道を歩いていた。長すぎる前髪が歩くたびにふわふわ揺れる。
 金曜日だ。壊滅的に人づきあいの苦手な達季にとって、一週間は長い。まだ慣れきらない職場での勤務の疲れに加えて、自分で選んだとはいえ片道二時間の通 勤疲れ。それだけでもしんどいのに、今日はあろうことか、帰りの新幹線の中で酔っぱらったサラリーマンに絡まれた。「んん? にーちゃん細いなあ、もう社 会人ならちゃんと食わないと、食わないからそんないつまでも顔が子供なんだぞワハハ」と隣の席の恰幅のよすぎる男に言われたときは、いっそ新幹線を飛び降 りたかった。酔っぱらいなんか大嫌いだ。滅びればいいのに。
 静岡駅から東京駅までの約一時間、延々と息子の愚痴だか説教だか判然としない話をだらけた口調で聞かされて、喉をかきむしりたいくらい不愉快で、くたび れた。今すぐシャワーを浴びてベッドに倒れ込みたい、と思いながら、達季はふらふらといつも寄るコンビニを目指した。面倒だけれど、明日の朝食べるヨーグ ルトだけは買って帰らないと、家にはなにもない。
 食べずにすめば楽なのに、と大きすぎる眼鏡を押し上げて煌々と明るいコンビニに入ろうとしたとき、道の先から「どうしてだよ!」と怒鳴り声が聞こえて、達季はびくりとした。
 反射的に逃げるようなポーズになって、おそるおそる窺うと、ちょうど街灯のあたりからこちらに向かって、亜麻色の髪をした綺麗な男が迷惑そうな顔で歩い てくるところだった。後ろから、その男よりも背の高い、これまた険しい顔の、どことなくラテンっぽい雰囲気の男が追いかけてくる。夜でもわかるほど派手な はっきりした顔立ちで、やや厚い唇が印象的だった。
「なあってば、待てよ」
 よく通るラテン系男子の声に、亜麻色のほうがちっ、と舌打ちして、達季はつい首を竦めた。派手な見た目の人間自体苦手だし、喧嘩とか暴力とか言い争いとか、激しいことも一切合切苦手だった。
 絶対にかかわりあいたくない、と思ったが、彼らの険悪な雰囲気が怖くて動くのも躊躇われる。早く通り過ぎてくれないかな、と俯くと、男たちは達季まで数歩、というところで立ち止まってしまった。
「ほんっと、ダイスケってしつこい! そのしつこいのがやだって言ってんの!」
 気の強そうな亜麻色氏が、触らないでよね、と手をはねのけるのがわかる。喧嘩とかどうしてするんだろうみんなおかしいよ、と思いながら、達季はそろそろ と後じさった。あと一歩で自動ドアが開く。その音で二人がこっちに注目したりしませんように、と願いながら体重を移動しかけたとき、
「フェラはねちっこいのが好きだって言ったじゃん!」
 ぎょっとするような単語を大声で叫ばれて、達季は再び固まった。
「ばっかじゃねえの、それとこれとはべつでしょ!」
「なんだよ、おまえだって最初喜んでただろ、だから俺も頑張ってさあ、毎回ちゃんとくわえてやったのに!」
「だから、そういうとこ! 押しつけがましいのが嫌なんだよ!」
 ああ、信じられない。
 喧嘩する時点で達季の理解の範疇を超えているのに、彼らときたら、公衆の面前だというのにあんな単語を使って破廉恥な会話をするとか。
(理解できない……もうやだ)
 今日はついてない、と思いながら、達季は決死の覚悟で足を踏み出して自動ドアを開けた。ドアの開閉を知らせるのんきな音がやたら大きく響いたが、喧嘩し ていた二人が達季のほうを見たかどうか、確認する余裕はなかった。絡まれたら困るから、少しゆっくり買い物しよう、と達季は決めた。
 雑誌コーナーはいつものように年齢不詳の男がいかがわしい雑誌を立ち読みしているので避けて、たいして興味のないアイスコーナーを覗き、もっと興味のな い缶入りのアルコールを眺める。いっそ買おうかな、と思った。ほとんど飲めないけど、そうだ、レジで年齢確認されないかどうか試してみようか。されたりし ないに決まってる。新幹線のおじさんには二十七回も顔を子供っぽいとけなされたが、ちゃんとスーツ着てるし鞄だっていかにもなビジネスバッグで、眼鏡もか けているからどこからどうみても立派なサラリーマンのはずだ。事実、働いているんだし。もう二十六だし。
 いくつか見比べて、一番アルコール度数の低い桃の飲料を選んで、デザートコーナーに移動する。意外と和菓子系が充実していて、みたらし団子やおはぎを見 ると祖母を思い出した。少しせつなく眺め、結局プリンを取る。明日の朝用にヨーグルトも手に取って、さすがにもういいだろうとレジで会計をすませた。
 やる気のなさそうな店員は年齢確認することもなく、達季はちょっとだけほっとしてレジ袋を手に外に出た。さっきの二人ももういない。
 このコンビニから住んでいるマンションまでは徒歩三分ほどだ。もう変なのにでくわしませんように、と祈りながら歩きはじめて、達季はぎょっとして足をとめた。
 いない、と思っていたのに、さっきの二人連れの片方が、店の脇の暗がりに立ち尽くしていた。背の高い黒髪のほうだ。気配に気づいたのか達季のほうを向いた彼の顔は赤く、目はもっと真っ赤で――泣いていた。
 太めの眉をぎゅっと寄せ、涙をぼろぼろ零している男を、達季は呆然として見つめてしまった。大人の男がこんなふうに泣くのを、しかも公の場で泣くのなんか初めて見た。
 ずずっ、と男が鼻をすすり上げて、達季は慌てて顔をそむけた。しまった。つい見てしまった。絡まれたらどうしよう。
 気まずくレジ袋を握りしめて、何事もなかったふりでぎこちなく歩きはじめると、背中で「すみません」と低い声がした。
(ぎゃー! ぎゃー! ぎゃー!)
 内心叫びながら、達季は無言で足を速めた。走って相手を刺激してしまうと追いかけられるかもしれない、と競歩みたいな歩き方で、ひたすら前だけ見て歩く。すみませんってなんだよと思う。謝ったのか、それとも呼びとめたのか。どっちにしても嫌だ。理解できない。怖い。
 怖すぎて、なんとなく男が後ろからついてきている気がしたが、振り返ることはできなかった。本当に追いかけてきているのを見てしまったら今度こそ叫ぶ自 信があったから、最後の角を曲がってからは完全に走った。焦りすぎてマンションの入り口では見事にこけて、痛む膝をさすりながらなかなか来ないエレベー ターのボタンを連打するあいだも気が気ではなかった。やっと来たエレベーターに乗り、四階の自室に駆け込んで鍵をかけてしまうと、達季はへたりと玄関に座 り込んだ。
「つ、疲れた……」
 生きていくのってなんて大変なんだろう。
 ていうかそもそも、なんで人間に生まれてきちゃったんだろう。
 はあ、と深いため息がもれて、達季はずれた眼鏡を押し上げた。
 達季の母は達季が幼い頃に父と離婚して以来驚異的な精力でばりばり働くバイタリティに溢れる人で、まったく達季と似ていない。その彼女の口癖が「しゃん としなさい、人間でしょ」だ。いつも、苦手なことにでくわすと、彼女のあの口調と呆れた顔を思い出して、達季はため息をついてしまう。

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