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ルージュライン[強引さえもひたすら甘く]

【表紙&口絵を追加して電子書籍化!】恋愛する気はないのに……カラダが“彼”を求めて疼く――。 強引さえもひたすら甘く

斉河燈

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【お試し読み】強引さえもひたすら甘く

 五十四階建てのオフィスビル、飲食店が軒を連ねる一階はランチを求めて行き交う人が途切れない。
 見覚えのあるスーツの中年男性、スマートフォンを弄りながら先を急ぐ女の子、五階に引っ越してきたばかりの新興企業の社員たちは制服もまだ新しく――それらが入り混じった人波は、エレベーターホールからどっと押し寄せてきてアトリウムを前に見事にばらける。
 皆同じ行先に見えても、一歩先はすぐに分かれ道だ。短い経路でさえこの様子なのだから、人生のように長い道程となるとまさに唯一無二、その道は絶対的に自分だけのもので、他に迎合なんてできっこないと私は思う。
 する必要はない、とも。
「そういえば琴梨、午前中、体調でも悪かった?」
「うん?」
「らしくない凡ミスをしてたじゃない。新聞社宛のリリース、雑誌社に送るように指示するとか」
「ああ……」
 そんなこともありました。新聞社と雑誌社は近しいように見えて完全なる別種である、絶対に混同してはいけない、と新人には指導しているくせに私がしくじってどうする。
 ――しかし、らしくない、か。
 短く吐息して、お冷やのグラスについた水滴を指先で拭った。
 私にだって集中力を欠く時くらいあるのだが。
「大丈夫よ、体調は万全だから。ただ、ちょっと」
「ちょっと?」
 言ったらますますらしくないと思われるに違いない。わかってはいたが、言い出さずにはいられなかった。
 周囲に見知った顔がないか確認しつつ、右隣に体を寄せる。
 彼女の好意に甘えてここへやってきたのは、ランチを奢ってもらいたかったからではない。話があるからだ。オフィスの中では決してできない話が。そしてそれこそが、私の頭を悩ませミスを誘発した原因なのだった。
「……ねえ亜矢、年下の男ってどう思う?」
 アドバイスが欲しいわけじゃない。私はただ、打ち明けながら自分を俯瞰して少しでも冷静になりたかった。
「年下? 告白されたとか?」
「そう、かも」
「かも、ってどういうことよ」
「それがわからないから困ってるのよ……」

 名は体を表すとはいうけれど、花園(はなぞの)琴梨というフルネームは可愛らしすぎて私の性質とはかけ離れている。
 ハナゾノコトリ――残念ながら私の身長は百七十センチで、鳥だとしても小鳥の部類には入らないし、お花畑でのほほんとしているタイプでもない。
 大手化粧品メーカーに就職したのは八年前。配属を命じられたのは第一志望の広報部だった。
 時には守りもするが、基本的には攻める仕事だ。
 社内報の発行、各マスコミへのプレスリリースの送付、新製品を持ち込んでのプレゼン、問い合わせ対応、そして記者会見の手配に、危機発生時の対応……つまり企業が持つ魅力や方針を、最大限引き出して発信していくのが主な役割。
 気は休まらないが、そこがいい。もしも今の職場を去ったとして、私はやはり広報の職を探すだろう。
 プライベートでこの充実感を薄めたくはなく、週末には習い事も掛け持ちしている。
 そのせいか完璧主義として周囲に認識され、些細なミスも『らしくない』と言われる最近。機械じゃあるまいし、とは思うが、否定するつもりはない。
 今の私は、私が八年かけて培ってきた努力の証だ。
 それを守るためにも、私は私であるために今を奔走していたかった。このペースを誰にも乱されたくなかった。立ち止まってなどいたくなかった。
 だから恋愛ごとにも関わりたくはなかった。なのに。
『琴梨さん、綺麗です。予想以上です』
 あの夜を何度も振り返ってしまって、忘れられない。
『ここまで来て、待ったは聞きませんよ』
 強気な囁きも、余裕のない動きも、ぴったりと無駄なく収まるあの感覚も。
 二週間前の金曜、初めて会った男の名は遙(はるか)――二川(ふたがわ)遙という。
 女性向けビジネス雑誌の記者である彼は、先月から企業とのタイアップ担当を務めている二十五歳の青年だ。
 前任の担当者から「後任を紹介したい」と言われて駅前の和風居酒屋へ行き、そこで出会ったばかりだった。
 細すぎず、太くもなく、程良い肉付きの体躯には若さによる自信が滲み出ており、紹介された瞬間、私は少々身構えた。三十路の自分と話が合うだろうか、と。
 すると彼は食事を始めるなり自己紹介もそこそこに、こう切り出してきたのだ。
『一口に情報発信と言っても、全てのメディアがそちらの望んだ通りの取り上げ方をするとは限りませんよね。広報活動の効果はどのように把握なさっていますか』
 思わず顎を突き出しそうになった。普通、酒の席で仕事の話は厳禁だろう。だが、私にとって最も楽しめるのは仕事の話で、年齢差も気にせずに済む点、都合は良かった。
『……そうですね。うちは結果よりプロセス重視なんです。ストレスのない環境のほうが良いアイデアが生まれるし、大事なのは記者との関係性であって、思い通りに動いてもらうことではありませんから』
『関係性ですか。それはプロセスさえ良ければネガティブな論調も歓迎するという意味で?』
 職業柄か、彼は切り返しがうまく年の割に流暢だった。
『製品の魅力を伝えきれていなかったことが原因なら、努力不足として受け止めます』
『謙虚ですね、素晴らしいです。では、コンビニでの基礎化粧品の展開についてですが』
 何にでも興味津々の様子だし、身を乗り出して話を聞いてくれる純粋そうなところは、若者らしくて好感が持てる。
『あれは初期のコンセプトに、独身世代というキーワードがあったんです。ファミリー向けの製品と差別化した上で、時間を気にせず手軽に本格的なケアキットが買える……コンビニは最適でしょう。挑戦的ではありましたけれど』
 前回送ったプレスリリースもこんなふうに興味津々の顔で読んでくれたのだろうか。想像したら俄然やる気が湧いてきて、徹底的に自社の魅力を語り尽くしてやろうと思った。
 前任者が席を立ったのは二時間が過ぎた頃だ。郊外の一軒家にお住まいとのことで、言い出しておいてすみませんと頭を下げながら帰って行った。
 私たちもすぐに居酒屋を出たのだが、個人的には喋り足りなかった。もう一軒、と誘ったら迷惑だろうか。そんな考えを読み取ったように、彼の口からもう一軒、という言葉が出た。
『でも俺、花園さんに似合いそうな店は詳しくないんです。大学の頃、仲間と騒いだ店くらいしか。どこか良い店をご存じないですか』
 そう言われては、賑やかな店に行くわけにはいかなくなってしまう。ひとりでよく行く雰囲気の良いバーが近くにあったので、案内することにした。
 辿り着いたときには、話題は仕事に全く関係のない、プライベートへと移っていた。
『へえ、二川くんは父子家庭なのね。家を出てしまって、お父さまは寂しがっていない?』
『一人暮らしと言っても最寄り駅は同じですから。父は昔から放任主義で、俺は自由に育ちましたし。琴梨さんは?』
 いきなり名前で呼ばれ、驚いて彼を見る。顔色は変わっていないが酔っているのだろう。酔っぱらいの所業なら頑なに拒否することもないか、と私はそれをあえて黙認した。
『我が家は妹がふたり。何かと頼られることが多かったから、大学に入学して家を出た時はあまりに自由でびっくりしたわ』
『三人姉妹なんですか。琴梨さんの妹さんならおふたりともお綺麗なんでしょうね。いくつ違いなんですか』

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