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ルージュライン[恋の傷さえ彼の罠]

2014年新人賞受賞作★「お前がキスや想像だけでぐしょぐしょになるなんて、俺以外知らないよな?」傲慢なほどイイ男に体も心も囚われて乱れて…! 恋の傷さえ彼の罠

由糸子

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【お試し読み】恋の傷さえ彼の罠

「同期にしても、塔子さんと長谷部さんってずいぶんと仲がいいですよね。あんなイケメンさんと仲よしだなんて、うらやましいなー」
 一弥が現れた日からずっと、このセリフを何回言われたことだろう。たとえ一万回言われたとしても、私の返事は変わらない。
「仲よく見えるのは、ずっと彼と同じ部署で働いていたからじゃない? 一弥が二年前に、プラント建設で中東に行くまでは、入社後から一緒の部署だったから」
 我ながら、言い訳がましいと思う。だけどそれ以上に説明のしようがなかった。
 二年前まで付き合ってたの――そんな正直な告白も、する気にはなれない。
「それなら塔子さんは、長谷部さんのことを何でも知ってそうですよね」
 理央ちゃんは椅子のキャスターを動かし、私へと近寄って来た。
「長谷部さんって、彼女はいるんですか? 趣味は? 好きな女性のタイプは?」
「理央ちゃん。お願いだから、口よりも手を動かして」
 今日は午前中に、作成中の指示書を仕上げてしまいたかった。そして理央ちゃんに手伝ってもらっている、プラント建設資材のデータ入力も完成させて、課長に早めにチェックしてもらいたいのに!
 やっぱり、お目付役なんて引き受けるんじゃなかった。そんな後悔の気持ちを逆撫でする声が、靴音と一緒に聞こえてきた。
「おっ! 理央ちゃん、がんばってる?」
 朝イチで挨拶回りに出かけていた一弥が、部署に戻ってきた。理央ちゃんは、ぴくりとも動かなかった指をキーボードから離し、可愛い笑顔を一弥へと向けた。
「はい、がんばってます! 塔子さんのご指導がいいので、仕事も覚えやすいです!」
「そっかー。塔子は時々鬼軍曹みたいになることがあるから、気をつけろよ」
 苦笑いを含んだ、一弥の声が聞こえる。
 振り返らない私には、彼の今の表情は見えない。だけど想像はつく。大きな口から一直線に並んだ歯を見せて、微笑んでいるのだろう。
「おい、塔子。お前も話に入れよ。つまんねーヤツだな」
 一弥が私の肩に手を置く。その馴れ馴れしさが、懐かしさに変わるのを必死で堪えた。
「あんたのくだらない話に付き合うなんて、時間がもったいないの」
「どんなにくだらなくても、この世のすべてを楽しめばいいだろ? 人間はいつ死ぬかわからないんだから、何事も楽しんだモン勝ちだ」
「それはそれは、そうですか。二年経っても変わってないね、あんたのそういうところ」
「そうか? それって、褒め言葉だと思っていい?」
「褒めてないよ。呆れてるだけ」
 女の子が大好きで、いろんな子と軽く付き合って、私のことも都合のいい女としか考えてなくて、二人で過ごした時間を「暇つぶし」と言い切れる。そんな軽薄さを、今も一弥は持っている。私を傷つけた二年前の、あの頃と何も変わっていないんだ。
 そう思うと、急に悲しくなった。一弥にとって、結局私はどうでもいい存在だったんだってわかるから。
 うっすらと滲む涙をごまかすように、私は一弥を睨んだ。さっさと、この場を立ち去ってほしい――そう願いながら。
 だけど一弥は、私の願いを無視する。一旦離れた彼の手が、私の髪を撫でた。
「お前は相変わらずまじめだなぁ。少しは肩の力を抜いて、違う表情も見せればいいのに」

――お前の本当の表情を、俺は知っているけどね――

 隠れた意味を含んだ一弥の声が、指と一緒になって私の髪を弄んだ。指先が髪の束を作りながら降りていく。その感触に心は叫ぶ。やだ、触らないで、と。
 なのに体は、無闇に反応している。彼に触れられた部分が、熱せられたバターのようにはかなく溶けて、形をなくしていきそうだった。そのうちに、二年前に一弥につけられた「おあずけ」の跡が、一瞬で蘇ってしまった。
 こうして髪に触れられるだけで、体が熱い。あの日の「おあずけ」のままで、私の体は時を止めてしまっているんだ。
「理央ちゃんも、見てみたいだろ? このお堅い先輩の、いつもとは全然違うところをさ」
「はい、見てみたいです! 塔子先輩の酔ったところとか、見てみたいなー!」
「……だってさ。どうする? 塔子」
 意地悪そうに、一弥が笑う。そして髪を触る指を止めようとしない。

――ここでお前の素顔を、暴こうか?――

 そう語る一弥の指が、別の場所へと下りてくるのではないかと、私は一人で怯えていた。
「じゃあさ、今度三人で飲みに行くか?」
「はーい! ぜひ行きたいですー!」
 二人のじゃれ合いに近い会話を聞いて、私はやっと自分の任務を思い出した。
 ダメだって! 最低男と理央ちゃんが社外で会うなんて、絶対にダメ!
「近々、部署内で理央ちゃんの歓迎会があるのよ。飲む機会なんて、それで十分でしょ」
 私は一弥の指を払うように首を振る。行き場をなくした彼の指は、空中でしばらく留まり、静かに下りていった。
 やれやれ、と一弥は眉を上げる。そして視線で私を捕らえたまま、理央ちゃんに耳打ちをした。その一言一言に頷く理央ちゃん。気のせいか、彼女の頬がうれしさの色で染まっている。
 一体、何を話しているのやら。どうせくだらないことだろう。あとで理央ちゃんから訊き出さなくては。
     *
 午前中があっという間に過ぎ、昼休みを終え、午後の業務が始まった。
 理央ちゃんのデータ入力作業は一向に進まず、私もすでに諦めモードに入っていた。
 まずは自分の溜まった仕事を片づけよう。そして理央ちゃんの作業は、私が残業してやるしかなさそうだ。
 そう覚悟を決めたとき、部署の先輩から言われていたことを思い出した。
 そうだ。今日は残業ができない可能性があるのだ。
「ねぇ、理央ちゃん。部署の歓迎会の前にね、女子社員だけで理央ちゃんを囲む食事会を開こうと思ってるんだけど、今日の夜って空いてる?」
「え? 今日ですか? 今日は、えーっと……」
「今日は都合が悪いの?」
「いえ……その……」
 理央ちゃんはまつ毛を何度も羽ばたかせて、モジモジしていた。
「実は、長谷部さんに誘われたんです。今日の夜、一緒に飲まないかって。待ち合わせ場所も時間も、もう決まっているので……」
 急に飛び出した理央ちゃんの言葉に、パソコンの文字を追っていた私の目が大きく見開いた。
 いつ、そんな話をしてたの? 一瞬そう思ったけれど、答えはすぐに出た。
「もしかして、午前中に一弥があなたに耳打ちしてたのって、そのこと?」
「はい!」
「で、一弥と会うって……二人きりでってこと?」
「はい! もちろん!」
 もちろん、って何? 一弥と会うなら、二人きりが当然ってこと? 何それ!?
「そんなのに、行っちゃダメだからね!」
「えーっ! どうしてですか?」
 理央ちゃんは口を尖らせる。どうしてもこうしてもない。理由なんかなくても、ダメだったらダメなことも世の中にはある。それさえもわからないのか、このお嬢様は!
「私はあなたのお父様――社長に頼まれているの! あなたに悪い虫がつかないように、見張ってほしいって!」
「長谷部さんは、悪い虫なんかじゃないです!」
「何言ってるの? あいつは悪い虫そのものなの!」
 しかも、女と見たら口説かずにはいられない、極悪の毒虫だというのに!
 あんなヤツに近づけたら、この子もあいつの犠牲者になってしまう。それだけは避けたい。いや、絶対に避けなくちゃいけないの!

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