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ルージュライン[恋の傷さえ彼の罠]

2014年新人賞受賞作★「お前がキスや想像だけでぐしょぐしょになるなんて、俺以外知らないよな?」傲慢なほどイイ男に体も心も囚われて乱れて…! 恋の傷さえ彼の罠

由糸子

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【お試し読み】恋の傷さえ彼の罠

「これからあなたに、書類の整理の仕方を教えるから」
「えーっ! 書類の整理って必要なんですかぁ? 書類なんて、今はほとんどがデジタル化されてるんじゃないんですかぁ?」
「そうだけど、されてないのもあるのよ。もしかしたら、あなたにそのデジタル化の作業も頼むかもしれないから、覚えておいて」
「はーい。でも、ここの仕事って地味なんですねぇ。私、もっと派手なカッコいい感じだと思ってました。ダルい仕事ばっかりで、びっくりしちゃう」
 ……すごい。そんなこと、私は口が裂けても言えない。
 これが社長令嬢の、怖いもの知らずのパワーなのかな? それとも世間知らずなだけなの?
 近くのデスクにいる、部長の視線を感じる。部長は怒りに満ちた目で、こちらを見ていた。失礼なことを言う理央ちゃんを怒鳴りつけたいんだろうけど、社長令嬢にできるはずもない。
 仕方ない、と私は部長の代わりになって、理央ちゃんに厳しめの口調で言った。
「理央ちゃん、そういうことは言っちゃダメだよ。ここの仕事は一見地味だけど、海外のプラント建設のための礎を作っている部署なんだから。ここできちんとした仕事をしないと、この会社は動かないの」
「……はぁい」
 反省混じりの彼女の返事を聞いたあとで、私は作業の仕方を説明した。
 この中の図面は日付を確認して、ファイルナンバーを揃えて……。お経を唱えるかのように説明していると、理央ちゃんの顔が急に近づいた。
「どうしたの? わからないことでもあった?」
 理央ちゃんは首を振って、私の髪に触れた。
「塔子さんの髪って、キレイですねぇ! こんなに長いのに、全然傷んでない! いいなぁ。私、髪が傷んで困ってるんですよぉ」
 ハーフアップにしていた私の髪に、理央ちゃんの指がすり抜ける。頭皮にも指が触れた瞬間、私は心の中で声を上げた。
 やだ。やめて。お願いだから、触らないで。
 理央ちゃんの指先が、記憶の中の一弥のものと一緒になって、髪を撫でる。するんと指の間を抜けた髪の束が首元に触れると、私の体は大きく震えた。
「塔子さん、どうしたんです? 私、何か変なことしましたぁ?」
 理央ちゃんの声に煽られて、鼓動が大きくなる。私は書類の束に目を落としたままで、ゆっくりと息を吐き出した。
「……苦手なのよ。髪を触られるのが」
「えーっ! どうしてですか? 変なのー! こんなにキレイな髪なのにー!」
「誰にだって、苦手なものはあるでしょ?」
「触られたくないなら、切っちゃえばいいじゃないですか」
 そうだ。切ればいいのに。どうして切らないんだろう、私は。
 誰か私の代わりに、理央ちゃんに答えて。
 本当は切りたいの。切ってしまおうと何度も思っていたの。なのに一弥の声が蔦のように絡んで、私を離さない。

――この髪、俺が日本に帰ってくるまで、絶対に切るなよ。これは俺のものだから――

 あの男の言葉のために、私はラプンツェルのように髪をのばし続けるつもりなの? いつかあいつが帰国したら、この髪を伝って、私に辿り着くとでも思ってる? バカバカしい。
「塔子が髪を切らないのは、俺のためなんだよ。俺が、長い髪が好きだから」
 その声が聞こえたとき、私は記憶の中のあいつが話しているのだと思った。だって今、ここで一弥の声が聞こえるなんて、あり得ないもの。あいつは遠い国にいるんだから。
 なのにその声は、生々しく響いた。どうしてここで、あいつが話しているの?
 私は書類から顔を上げる。逞しく引き締まった顔と体が、私に影を落とした。
「一弥……」
 私の口からこぼれた言葉に反応して、一弥がニッと笑う。いたずらっぽくて、やんちゃで、いつも私の心をかき乱した笑顔。
 久々に見るそれが、私の中に大きな渦を生み出した。地鳴りのような音を立てて、懐かしさとか悔しさとか、いろんな感情を飲み込もうとしている。
「……いつ帰ってきたの?」
「三日ぐらい前かな? それが何? もしかして、『帰ってきたよ』って連絡が欲しかった?」
「い・ら・な・い! くれるって言ってもいらない!」
「まぁまぁ、遠慮するなよ、塔子。二年ぶりの感動の再会だぞ? お帰りのチューぐらいしてもいいと思うんだけどなぁ」
 相変わらずだ。何も変わっていない。こんなふざけた言葉も、薄い唇も、長い手足も、二年前と同じだ。
 変わっているのは、肌の黒さぐらいかな? それが、こいつが二年の間、中東で過ごしたことを感じさせる唯一のものだった。
「どうした? ほらほら、恥ずかしがらずに抱きついてもいいんだぞ」
 一弥は私の肩に手を置くと、胸へと引き寄せた。
 冗談じゃない。こんなヤツに、抱きつきたくなんかない。
 一弥の胸元に、危うく鼻先がつきそうになる。体をねじって逃げ出したけれども、彼の匂いだけはしっかりと私を捕らえていた。アンバーの淡い香りが、手をのばして私を抱き締める。
 彼のすべてから逃れたくて、私は体を捻った。そんな私の後ろでは、一弥を見た理央ちゃんが、瞳をハートの形に切り抜いている。
「カッコいい……」
 マズい。理央ちゃんのうわごとを聞いたとき、そう思った。
 こんな最低男を、好きになっちゃダメだからね!
 その意識に私の体が反応するよりも、一弥が彼女を見る方が早かった。
「あれ? 初めて見る顔だけど、君もこの部署の人なの?」
「は、はい! はじめまして! 新入社員の三浦理央と申します!」
「えーっと、三浦ってことは……社長の娘さんって君のことなのか!」
「そうです! ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願い致します!」
 さすがは社長令嬢。いざというときの礼儀は見事だ。
 ……いや、感心している場合じゃなかった。早くこいつから、理央ちゃんを遠ざけないと!
 だって、こいつが一番の「悪い虫」なんだから。女と見れば、すべてを口説かずにいられないんだもの。この会社の凶悪兵器であり、最終兵器なんだもの!
「一弥、あんたはさっさと自分の部署に戻ってよ!」
「戻れったって、帰国後の俺の部署は、ここだからさ」
「え? うちの部署に、理央ちゃん以外の異動があるなんて聞いてないけど……」
「みんなに秘密にしておいてって、俺が部長に頼んだんだ」
 ああ、そうだ。こういうヤツだった。わけのわからないことを、一人で楽しげにする男だった。だから今も、こいつは私の困った顔を見て笑っているんだ。
「何でそんなことするの?」
「決まってるだろ? お前を驚かせるためだよ」
 最悪。最悪過ぎる。
 めまいを起こしたようにふらつく私を見て、一弥はまた笑う。チシャ猫のように、目も口も三日月の形にして。
     *
 一弥がこの部署にやって来てから、理央ちゃんが私へと向ける視線が熱い。じっとりとした熱が、肌をじりじりと焦がすほどだ。できればその熱を、仕事へと向けてほしいんだけど……。
 理央ちゃんにデータ入力をさせても、エクセルの画面に数字は増えない。横に座る私を恨めしい顔でじっと見て、一時間前にも口にした質問を繰り返している。
「塔子さんは、長谷部さんとお友達なんですか?」
「同期入社なの。それだけ」
 私も一時間前と同じように答え、自分の作業をこなしていた。このお嬢さんのお世話ばかりしていたので、ここ数日で仕事は溜まる一方だ。

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