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ルージュライン[恋色骨董鑑定譚~幸せの欠片~]

大人気シリーズ、待望の番外編! アンティークのように、一緒にいるごとに「特別」になる、甘い関係。 恋色骨董鑑定譚~幸せの欠片~

斉河燈

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【お試し読み】恋色骨董鑑定譚~幸せの欠片~

1、ヤキモチの欠片
「私はどちらでもかまわない。夏子(なつこ)がやりたいと言うのなら一緒に準備するし、やりたくないのなら無理に勧めはしない。話は決まっているのだから、今更焦ることもないだろう」
 有礼(ありのり)さんはそう言っていつものように選択権をわたしに与えてくれたけれど、わたしは正直なところ決めかねていた。
 やりたくないわけではない。かといって、どうしてもやりたいというわけでもない。ただ、彼のご両親もわたしの両親もできるだけやっておいたほうがいいと言うから悩んでしまう。
 結婚式なんて一生に一度のことだから、と。
 経験者が語るからには当を得た意見なのだろう。簡単に聞き流せはしないと思う。しかしそうそう簡単に、具体的なイメージが湧くはずもなかった。
 なにしろわたしはつい一カ月前まで有礼さんが結婚に乗り気ではないと思っていたし、だからプロポーズは青天の霹靂だったのだ。その後の両家への挨拶も、年齢差が一回りもある以上、簡単には済まないものと覚悟していたし。
 しかしわたしの両親はいつの間にやら有礼さんの著書を全冊熟読しており、挨拶に行ったときにはすでに彼の人格に惚れ込んでいた。
 加えて彼のご両親も、ひとり息子にようやく嫁がやってくるとあって安堵ばかりの様子。
 よもやこんなにもとんとん拍子に話がまとまるとは考えてもみなかったから、降って湧いたような展開にあたふたしない道理はなかったのだ。
「じゃあ両家とも結婚には乗り気なんですね。初顔合わせ、無事に済んでよかったじゃないですか!」
 長テーブルを挟んで向かい側にいる同僚は興奮気味に喜んでくれる。ショートカットがよく似合う彼女には、有礼さんとの仲をずっと応援してもらっていたから、正式に婚約したこともいち早く報告できてよかった。
「ありがとうございます。わたしも津田(つだ)さまもそれなりの年齢ですし、両家ともほっとしたみたいなんですよね。でも、もうちょっと反対されるかと思っていたら諸手を挙げて大賛成で、肩透かしを食わされた気分というか……」
 休憩室にはまかないのビーフシチューの匂いが漂っている。十一月も半ばの平日、わたしが仲居として勤務している洋館旅館・鐘桜館(しょうおうかん)はのんびりとした雰囲気の中にあった。
 宿泊客が集まらず閑散としているわけじゃない。館内は紅葉と『秋祭り』目当ての観光客で平年以上に賑わっている。だが先月、女将によって新たな仲居がふたりほど雇い入れられたため、わたしと同僚の負担は格段に減ったのだった。こうして、ふたり揃って休憩が取れるほどに。
「大人だから反対されないんですよ。それに、もともと住み込みで何年も働いていたからっていうのもあると思います。実家から送り出すのとはちょっと感覚が違うのかも。ほら、とくに碓井(うすい)さんのところはすでに同棲中でしたし」
「ああ……なるほど、それはあるかもしれないです」
 頷いて、わたしはスプーンをシチューの中へ潜(くぐ)らせる。牛すじ肉をとろとろになるまで煮込んだビーフシチューは鐘桜館の名物で、まかないには稀にしか登場しないメニューだ。出勤日にこれに当たるなんて、今日はきっとついている日に違いない。
 とろけそうな肉の塊を口に含むと、デミグラスソースのいい香りが鼻から抜けた。
(有礼さんにも食べさせてあげたい……)
 同僚とふたり、しばしビーフシチューを堪能してから、わたしは主食のバターロールをちぎり始めたところでまた口を開く。
「それにしても、調べてみたら結婚式ってものすごくたくさん種類があるんですね。教会式とか神前式とか、ホテルでの挙式と披露宴のパックとか、海外挙式とか、テーマパーク内での挙式とか。他の方は一体どういう基準で選んでるんでしょうか……」
 やらないという選択肢もだ。一生に一度のことだからこそ、どんな基準でこれと決めたらいいのかをはっきりしてから先に進みたかった。曖昧なまま、フィーリングだけでなんとなく選択したのでは悔いが残るのは目に見えている。困り顔になるわたしを見て、テーブルの向かい側にいる同僚はスプーンを止めて少し笑う。
「私はずっと父とバージンロードを歩くって決めてましたけど、碓井さんのところは津田さまが津田さまなだけにタキシードより和装のほうが合う気がします」
 反論のしようがなかった。確かに、タキシード姿の有礼さんは想像しにくい。
「……ですよね」
「津田さま、着流しがとってもお似合いですもんね。長身だし、無駄な贅肉もついてないし、袴も似合うんだろうなあ」
 彼女の言葉に素直に有礼さんの袴姿を想像して、わたしは密かにため息を漏らした。頭に浮かぶのは彼の細すぎるほど細い体に、神経質そうにすっと伸びた背筋、そして程よく年輪の刻まれた細面。
 日常から風格漂う有礼さんのことだ。きっと堂々たる花婿になるだろう。
 それはとても見てみたい気がする。
 スプーンを止めてぼんやり想像を巡らせていたら、テーブルの向こうから微笑ましげに笑われてしまった。わたしの考えていることなどお見通し、というふうな反応だった。

 ***

 仕事を終えたのは午後六時だ。
 仕事着である桜色の着物から紺色の小紋に着替え、車で向かったのは『バーミリオン』というクラシックホテル。以前経営の立て直しに関わった経緯のあるこの場所で、今夜は特別な人と会う予定があった。
「有礼さん、お待たせしました……!」
 大階段を駆け上ってロビーに着くと、ソファにゆったりと座っている彼が顔を上げる。軽く撫で付けた白髪交じりの黒髪に、上品な灰色の長着と黒の羽織がしっくり似合う。袂に腕を突っ込んだ姿がサマになるのは四十二歳らしい落ち着きの所為もあるだろう。
 津田有礼さん――骨董鑑定士を生業とする彼こそがわたしの恋人であり同棲相手でもあり、最近、婚約者となった人だ。
「あの、中丸(なかまる)さんはもういらしてますか? すみません、金曜だからか道が混んでまして、遠回りしたら時間ギリギリになってしまって……もうお待ちいただいてますよね?」
 訊ねると、有礼さんの視線がわたしの体を往復する。結い上げた髪から真新しい履物を履いた足元までを撫でるように。そしてわたしの質問には答えないまま言った。
「なんだ、わざわざ新しい着物一式で来たのか。改まった場でなし、簡単な格好でいいと言っておいたのに」
 初めて着る小紋を見て『なんだ』とはどういう了見だろう。捻くれ者の彼のこと、人前で褒めてくれるとも思っていなかったけれど。
「改まった場じゃないなんて、まさか。ホテル『バーミリオン』のレストランというだけで格式高いですよ。それで、中丸さんは? 筧(かけい)さんも同席されるんですよね」
 急いだほうがいいと思う。のんびりと構えている彼を急かすように、わたしはロビーの先に続くエレベーターホールを示す。
 今夜、これからわたしが有礼さんとともに会う予定になっている相手というのは、彼が寄稿している骨董専門誌『赤銅』の編集者である中丸さんだった。是非にとディナーへのお招きをいただいたのだ。
 中丸さんの狙いにはだいたいの見当がついている。
 ここ『バーミリオン』のボールルームに展示中のとある自動人形……大正時代に作られたオートマタについてだ。わたしと有礼さんは管理部部長を務める筧さんから、その謎を解き明かしてほしいという依頼を受けて調査をした経緯がある。

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