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ルージュライン[お嬢様小説家のキケンな同居生活]

電子書籍化決定!「こんなに濡らして、素直な体ですね。僭越ながら、お嬢様にはすべて私がお教えします――無論、ベッドの中のことも」過保護な執事も夜はオオカミ!? 溺愛ロマンス♪ お嬢様小説家のキケンな同居生活 ~過保護執事に愛されて~

三津留ゆう

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【お試し読み】お嬢様小説家のキケンな同居生活

「よかったですね、お嬢様」
「ええ、とっても!」
 久我城も嬉しそうにしてくれるので、ますます嬉しい。今なら、いろんなことに挑戦できる気がしていた。
 久我城がそのあと、スーパーに寄るというので、私はプラスチックのかごを持たせてもらった。スーパーでの買物も、初めての体験だ。
「久我城は、お料理をしたことがあるの?」
 私が訊くと、久我城は手に持っていたじゃがいもをかごの中に入れた。
「ええ、もちろんです。使用人の賄いは、香坂のご家族が召し上がるのとは別に作りますからね。幼いころは、よく厨房の手伝いをさせられたものです」
「へえ、知らなかったわ」
 私はかごを持ち直しながら、ほうっと息をついた。
「得意なお料理があるの?」
「そうですね……強いて言うなら、肉じゃがでしょうか」
「肉じゃが! それも、食べたことがないわ。でも、このあいだ本で読んで気になっていたの。意中の人を射止めるには、必ずマスターしなくちゃいけないお料理なのよね? どうやって作るの?」
 興味津々で尋ねる私に、久我城はくすりと笑って言った。
「それでは、今夜は肉じゃがにしましょうか。僭越ながら私が、作り方をお教えいたします」



「肉じゃがは、まず材料を切るところから始めます」
 部屋へ戻った久我城は、上着を脱いで袖をまくり、デニム地のエプロンをつけていた。手際よくじゃがいもと人参の皮を剥き、しょうがを千切りにする。
「じゃがいもは、切ったら水にさらすのがポイントです」
「ふうん……」
 ポイントもなにも、料理をするところなんて初めて見る。私は一瞬たりとも見逃さないように、目をお皿のようにして久我城の手の動きを追っていた。
 そのうちに、またむくむくと好奇心が湧き上がってくる。
「ねえ、久我城? 私もやってみたいわ」
「お嬢様」
「いいでしょう? 今日は私、お買い物だってできたわ。お料理だってやってみたいの」
「そうは言っても、料理は危険ですよ。刃物も、火も扱います」
「危ないものは、ちゃんと自分でわかります。気をつけるわ」
「……本当ですね?」
 なぜか久我城は、念を押すように問い返す。
「もちろんよ! お願い、久我城」
「まあ、お嬢様がそう言い出すだろうなということも承知しておりましたが……」
 久我城は、ため息まじりにキッチンの戸棚を開けた。そこから取り出したピンク色の紙袋を、私のほうへ差し出してくる。
「これは、私からのお祝いでございます。ひとり暮らし、おめでとうございます」
 袋を開けて中を見ると、それは女の子用のエプロンだった。白いフリルがたっぷりついていて、すごく可愛い。
「ありがとう! 着てみたいわ」
「承知しました」
 私が広げた両腕に、久我城はエプロンを通してくれた。小さいころから私の着替えは、すべて久我城の役目だった。だから久我城は、ちょうちょ結びがすごく上手だ。ウエストのリボンを腰の後ろで結んでもらうと、私はくるりと一度、回ってみる。
「とてもお似合いですよ」
 久我城はにこにこと頷きながら、満足げに私を見ている。
「本当?」
「ええ、本当です」
 彼が褒めてくれるものだから、私も張り切ってしまいそうだ。
「久我城、私にもお手伝いをさせてちょうだい?」
「では、お嬢様にはじゃがいもを切っていただきましょうか。これを、四等分してください」
 じゃがいもを三つ、まな板の上に並べてもらう。
「これを、四等分に切ればいいのね? 簡単よ」
 私はうきうきとまな板の前に立った。──けれど、
「……久我城?」
「はい」
「どうすればいいの?」
 よくよく考えれば、包丁なんて触ったことがない。
 彼はあっけにとられたように私を見ていたけれど、堪えきれなかったのか、ははっと笑う声を上げた。
「わ……笑わないで……!」
 真っ赤になっているだろう顔で怒るけれど、久我城は笑い止まない。
「いえ、失礼いたしました」
 言いながら、久我城はまだ肩を震わせている。その顔が本当に楽しそうで、どきりとする。いつも頼りになる執事として、側にいてくれた久我城だ。こんなふうに子どもみたいな顔をして笑う彼を、私は今まで見たことがない。
「そうでしたね、すべて私が、いちからお教えいたします」
 言いながら、久我城は包丁を持つ私の手に、大きな手のひらを添えてくる。けれどそうされると、騒がしく打つ胸の鼓動が触れたところから伝わってしまいそうだ。つい、彼から逃げるように体をひねった。
「だ……大丈夫です! ひとりでできるわ!」
「お嬢様?」
 ごまかすように、じゃがいもに包丁を当てる。けれど、丸いじゃがいもの表面で、刃はつるりと滑ってしまった。
「痛っ」
「明乃様!」
 ぴりっとする痛みが指先に走った。刃が当たってしまった指先に、ぷくりと赤い血が盛り上がる。
「……申し上げたはずですよ、料理は危険です、と」
 眉をひそめた久我城が、私に言った。
「いいですか、お嬢様。女性がひとり立ちするということは、自分の身の回りの危険を、自分で知っておかなくてはいけないということです。明乃様は、そのことがおわかりですか?」
「……わかっている、つもりでした」
 浮き足立っていた気持ちが、一気にしぼむ。今日はいろいろなことができるようになったから、調子に乗っていたのかもしれない。
 そうだ、今までは、生活のすべてをメイドやシェフ、香坂家にいる百人の使用人たちがやってくれていた。でも、ひとりで暮らすということは、それらを全部自分でやらなくてはならないということだ。
 今までみんなに守られてきたぶん、自分で自分を守らなくてはいけない。自由になったことに舞い上がっていたけれど、自分ひとりで暮らすって、本当は大変なことなのだ。
「ごめんなさい……」
 私は、俯きがちにうなだれた。すると久我城も、困ったみたいな声で笑う。
「わかっていただければ結構です。……お嬢様、元気を出してください」
 言いながら、私をなぐさめるように指を切ってしまったほうの手を取った。
「痛かったでしょう。お可哀想に」
 久我城は、まるで自分が怪我をしたみたいに眉根を寄せた。かと思うと、私の指先を、ぱくんと口に含んでしまう。
「きゃ……!」
 彼の舌が、私の指先に触れた。ぬるりとあたたかい口内に、指の先を包まれる。
「く……久我城……?」
「大丈夫です。ひとまずこうして、消毒しておきましょう」
「……っ……!」
 彼の吐息を、手のひらに感じる。指先の血は、ぬめる粘膜にすっかり拭われた。久我城の舌が、指をつうっと伝っていく。
「……、や……!」
 ぺろりと指の股を舐められた瞬間、背筋を、ぞわりと淡い痺れのようなものが走った。私は思わず、手を引いてしまう。
「──いかがなさいましたか、お嬢様?」
 久我城は、少しだけ首を傾けて微笑んだ。心なしかその目の奥に、妖しく揺れる光が見える。いつもの久我城と、なんだか、違う。
「……い、いえ……」
 心臓が、うるさいくらいに鳴っている。体の芯が、ぼんやりと熱く潤んでいる。体が火照ってしまうけれど、どうしてこうなってしまうのかわからない。
「と……とにかく、何でもありません!」
 いけない、と私は久我城にくるりと背を向けて、大きく深呼吸した。
 たった今、浮ついた気持ちでいてはいけないと学んだばかりだ。ひとつひとつ、学んだことを身につけていかなくては、ひとり暮らしの意味がない。

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