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ルージュライン[お嬢様小説家のキケンな同居生活]

電子書籍化決定!「こんなに濡らして、素直な体ですね。僭越ながら、お嬢様にはすべて私がお教えします――無論、ベッドの中のことも」過保護な執事も夜はオオカミ!? 溺愛ロマンス♪ お嬢様小説家のキケンな同居生活 ~過保護執事に愛されて~

三津留ゆう

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【お試し読み】お嬢様小説家のキケンな同居生活

「いえ、そういうことではないのですが……」
 久我城は、ふむ、と考えるような表情を見せる。
「そうですね。取材ということであれば、お嬢様の執筆活動に資するところもあるかもしれません。一緒に、いらっしゃいますか?」
 結局彼は、私に甘い。久我城は、私に向かって微笑んでくれた。



「わぁ……!」
 暮れかかった街の空を、オレンジ色に染まった雲と、商店街のテーマソングらしい陽気な音楽が流れていく。
「久我城、これが“商店街”なのね……!」
「そのとおりです、お嬢様」
 私は感激してしまって、胸の前で両手を組み合わせた。
 車が一台通るのがやっとという細い道路の両脇に、いつか雑誌で見た縁日のように、小さな商店が並んでいる。
 それぞれのお店には、野菜や果物、かわいいケーキ、自転車に金物、お肉にお魚がぎっしりと並べられ、どこから見ればいいのか迷ってしまうほどだった。
「久我城、大変だわ! お店がこんなにたくさん、どこから見て回りましょう!」
 私は目の前の光景に夢中で、久我城の袖を引いた。すると、私のつむじの上のほうから、くすくすと笑う声が聞こえる。
「慌てなくても大丈夫ですよ、明乃様」
 久我城がやわらかな笑みを浮かべて、私の顔を覗きこんだ。
「商店街は逃げません。ゆっくり、見てまいりましょう」
 そう言われて、すっと手のひらを握られる。すっかりはしゃいでしまっていたことに気づき、今さらながら頬が熱くなった。
 幼いころにしてもらったように、手を引かれて歩き出す。
 手をつないでもらうのは、とてもひさしぶりだった。
 私がまだほんの小さかったころは、広すぎる自宅の庭で遊んでいるうちに迷子になって、そのたびに久我城に見つけ出してもらっていた。
 ──明乃さま、もう、ぼくの目の届かないところへ行ってはだめですよ。
 ようやく見つけた私をたしなめるように、少年の日の久我城に顔を覗きこまれた。久我城のお母様が香坂家のお手伝いさんだったので、久我城は小さなころから、世話役として私の面倒を見てくれていたのだ。
 ──うん、もう、いかない。
 ──お嬢さまは、いい子ですね。
 そう言って久我城は、私の頭を撫でてくれた。思い起こせば、あのころからあたたかい手のひらだった。
 ──いい子にしているとお約束できたら、ごほうびをあげましょう。
 ──ごほうび? あけの、いいこにしてる!
 私がはしゃいで約束すると、記憶の中の小さな久我城はにっこりと目を細め、すいと私の手を取った。
 ──お約束ですよ。ずっと、ぼくのそばを離れないでください。
 ──うん、やくそくするわ。
 ──では、ごほうびを。
 そう言うと、久我城は私の手を取った。何をくれるのだろう、と広げた手のひらを久我城は笑って返し、その甲にちゅっとくちびるを押し当てた。
 ──……?
 そのころはまだ、キスなんて知らなかった。
 おまじないのようなその動作が不思議に思えて、幼い私は首を傾げる。
 ──お嬢様、これは、ぼくがあなたに、ずっとお仕えするというしるしです。
 ──しるし?
 ──そうです。一生、あなたのことをお守りします。
 商店街の雰囲気は、あったかくて、やさしくて、ふと昔の記憶が蘇る。つながれた手の変わらないぬくもりに、とくんと甘く胸が鳴った。それに、今思うとあの台詞って、まるでプロポーズみたいな──。
「……く、久我城!」
 それ以上、久我城と手をつないでいると、変な気分になってしまいそうだった。私は急いで、商店街の中に見つけたお店を指差す。
「ほら、あのお店はどうかしら? もうできあがったお料理が並んでいるわ。今日は引越で、久我城も疲れたでしょう? あのお店で、何かいただきましょう」
 どさくさに紛れて手を離すと、久我城の手が触れていたところからぬくもりが消える。そこに久我城に触れていたのだと、かえって意識してしまう。
「惣菜屋ですか。そうですね、それもいいかもしれません」
 久我城が笑ってくれたので、私もほっと息をついてお店に入った。
「ごめんください」
「はーい、いらっしゃい」
 恰幅のいいおばさまが、レジの向こうから声をかけてくれる。
 ショーケースの中には、いろんな料理が並んでいた。料理の前には、お値段と、料理の名前らしいものが書かれたネームプレートがついている。
 私はわくわくと、その名前を小さく読み上げてみた。
 コールスロー、ポテトサラダに酢豚、烏賊の煮物に鶏の唐揚げ──どれも知ってはいるけど、食べたことのないものばかりだ。
「ねえ、久我城。この”唐揚げ”というのは、中国風の味つけということ?」
「お嬢様。それは……」
「いえ、何でも久我城に聞いていてはだめね。自分でいろいろできるようになりたいと思って家を出たんだもの」
 食べたことのない料理を前にして、私は好奇心を抑えきれなくなっていた。
「すみません」
 ショーケースの向こうにいたおばさまに声を掛けてみる。
「シェフはいらっしゃいますか? このお料理について、おうかがいしたいのですけれど」
「はぁ? シェフ?」
「ええ、呼んでいただけませんか?」
「うちの店には、シェフなんてしゃれた人はいないけど……」
 おばさまは、なぜかぽかんとした顔で私を見た。
「ご不在ですか……」
 見聞を広める絶好のチャンスだと思ったのに、ちょっとだけ残念だった。
「僭越ながら、お嬢様」
 肩を落としていると、久我城に呼ばれた。いつのまにか、俯いてしまっていたようだ。顔を上げると、久我城が励ますように、腕のあたりに手を添えてくれる。
「せっかくですからお求めになって、召し上がってみてはいかがでしょう。そうすれば、どんなものかわかるでしょう?」
「……そうね、そうよね!」
 久我城の提案は、とても魅力的だった。私はすぐに元気を取り戻す。
「では、この唐揚げをくださいな」
「はいよ。お嬢ちゃん、唐揚げ食べたことないのかい? 変わってるねえ」
「ええ、恥ずかしながら……でも、きっとおいしいんでしょうね。こんなにいい香りがするんですもの」
「うれしいことを言ってくれるねえ。ウチのは特製だから、おいしいよ」
「本当ですか? 楽しみです! ね、久我城?」
 思わず、にっこりと笑ってしまった。
「やっぱり私、家を出てきてよかったわ。初日から、こんなに素敵なお店を見つけられるなんて」
「ええ、本当ですね。新しい経験ができることは、まったく素晴らしいことです」
 おばさまはそれを見て、「彼女、素直でいい子だねえ」と久我城に話しかけている。久我城は久我城で、「恐れ入ります」なんて言いながら、まんざらでもなさそうだ。
 レジでお金を払うと、おばさまは豪快に笑いながら「ふたつオマケしといたよ」と、唐揚げを入れたビニールの袋を渡してくれた。
「帰って彼氏と食べな」
 おばさまは、「かっこいいねえ、私もあと十年若けりゃねえ」と久我城を見て言った。
「? 彼氏じゃありません、これは私の執事です」
「執事! やっぱりお嬢ちゃん、変わってるわぁ」
 ころころと笑うおばさまに「ありがとう」と告げて、店を出る。「また来てね」と言ってくれたので、「また来ます!」と振り返って手を振った。
 本当のことを言うと、自分でものを買った経験もほとんどないのだ。私はすっかり嬉しくなって、唐揚げの入った袋を胸に抱いた。ふつふつとくすぐったい気持ちが湧いてきて、思わず頬が弛んでしまう。

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