WEBマガジン{fleur}フルール

登録不要&閲覧無料!! 男女の濃密な恋愛(ラブロマンス)が読みたい貴女へ。ルージュライン
トップ ルージュライン お嬢様小説家のキケンな同居生活 【お試し読み】お嬢様小説家のキケンな同居生活

ルージュライン[お嬢様小説家のキケンな同居生活]

電子書籍化決定!「こんなに濡らして、素直な体ですね。僭越ながら、お嬢様にはすべて私がお教えします――無論、ベッドの中のことも」過保護な執事も夜はオオカミ!? 溺愛ロマンス♪ お嬢様小説家のキケンな同居生活 ~過保護執事に愛されて~

三津留ゆう

前へ ← 1 2 3 4 5 → 次へ

【お試し読み】お嬢様小説家のキケンな同居生活

 けれどお父様は、私がこうして冒険したがるのを心配していたのだと思う。今朝、私が家を出るときに、久我城にすがって訴えていた。
「久我城、娘を頼むぞ。明乃の気が済むまで、執筆活動を支えてやってくれるように」
「はい、旦那様」
「それからな、明乃が悪い男にぺろりとやられてしまわんように、おまえがよくよく見張っていなさい」
「もちろんでございます、旦那様」
 久我城は手のひらを胸に当て、お父様に向かってうやうやしくお辞儀をした。それから……久我城は、続けて何か言っていた気がする。何て言ってたんだっけ?
『じゃあ、打ち合わせまでに原稿よろしく。次作も期待してるよ、明乃先生』
 受話口から早瀬さんの軽妙な声が聞こえてきて、私はあわてて返事をした。
「がんばります。それでは」
『あ、そういえばさ、再来週まで会えないってのも何だし、プライベートで食事でもどう? 最近、いい店見つけちゃってさ……』
 早瀬さんがうきうきと話し始めたところで、背後から伸びてきた腕に、ひょいと携帯を取り上げられた。
「久我城!」
「日程のお打ち合わせは、終了なさいましたね」
 彼はにっこりと笑いながら、終話ボタンをタップした。
「用件がお済みでしたら、ご執筆に取りかかられたほうがよいかと存じますが?」
 おしゃべりは終わり、とでも言うように、久我城の人差し指が私のくちびるに触れる。
 ああ、そうだ、と、私は思い出す。
「僭越ながら私が」
 あのとき、お父様の前で、久我城は胸に手を当てて言ったのだった。
「明乃様を、悪い狼から全力でお守り申し上げます」──と。



 早瀬さんとの電話を切ったあと、私はデスクの上のパソコンに向かっていた。
 今日書いているのは、すれ違い続けてきたヒロインとヒーローが、ついに気持ちを通わせる大事なシーンだ。
 にもかかわらず、さっきから、一行書いては二行消し、二行書いては三行消し、原稿の進捗ははかばかしくない。
 ちらりと、斜め後ろに目をやった。すると、そこに立っていた久我城が、穏やかに微笑み返してくれる。
 彼が側に控えているのなんて、幼いころからずうっと変わらないことだ。なのに、早瀬さんがおかしなことを言ったおかげで、妙に意識してしまう。
 確かに久我城は、整った顔をしているのだ。しっかりした胸板を包むフロック・コートも、ちょっと他の人ではここまで似合わないだろうというくらいに、しっくりと着こなしている。
 気を抜くと頭に浮かぶのは、先ほどの電話で聞いた早瀬さんの台詞だった。
 今日からは、ひとつ屋根の下にふたりっきり──。
 久我城は執事、つまりは使用人だから、ひとりと数えるという発想がなかった。けれど、確かに人間がふたりいるのは事実だ。しかも、部屋が百ある屋敷とは違う。たった百㎡ぽっちしかない空間に、男と女がひとりずつ……。
 早瀬さんはこう言いたかったに違いない。
 久我城と私が、その……男女の関係に、なってしまうんじゃないかって。
 ボン、と頭から湯気が上がりそうに顔が火照った。
 そんなこと、今まで考えたこともない。頭の中が沸騰しそうだ。どうにもこうにも、集中できない。
「あの……ねえ、久我城?」
 たまりかねて、切り出した。
「はい、お嬢様」
 久我城はすいと胸に手を当てて、私の用事を聞こうと体を寄せてくる。
「……!」
 今までは気づきもしなかったけれど、ふわりと男性用のコロンの香りが漂ってきた。不意をつかれて、くらりと目眩がしそうになる。
「あ……あのね、私はひとり暮らしがしたいのよ」
「ええ。今日から立派に、自活なさっていらっしゃいます」
 久我城は、なぜだか誇らしげに言った。どうやら私の意図は伝わっていない。
「そうじゃなくてね? その、久我城がいてくれるのはとても頼もしいんだけど……」
「何か問題でも?」
「その……ね、やっぱり、男女がふたりで暮らすっていうのは、まずいんじゃないかしら?」
 こんなことを言って、久我城は気を悪くしないだろうか。
 おずおずと彼を見上げると、久我城は意外そうに目を見開いている。けれどそれも一瞬で、くすりと笑うような息を洩らした。
「それはお嬢様が、私を男として意識してくださっているのだと、自惚れてもよいのでしょうか?」
「えっ……と、それは……」
 久我城は笑いながら私の側に立ち、胸に右手を当ててみせる。
「私の雇用主はお嬢様ではなく、旦那様です。私は、お嬢様とともに暮らす義務がございます。『明乃様の執筆活動を支える』というのが、私の使命でございます」
「それは、そうなんだけど……」
 私はちらりと、パソコンのディスプレイを見る。久我城とふたりきりだと、なぜか集中が乱れてしまう。
 そんな私を見たからだろうか。久我城は、私の頭をぽんぽんと撫でる。
「大丈夫ですよ、お嬢様。私は、明乃様の執事でございます。誰が何を言おうと、お嬢様のお望みどおりに、誠心誠意お仕えするだけです。お嬢様が望まれないことは、この久我城、天に誓っていたしません」
 髪の上を滑る手のひらがあたたかい。それは小さなころから変わらない、久我城の──私の執事の、手のひらのぬくもりだった。
「……そ、そうよね」
 そうだ、誰に何を言われても、気にすることはないのだ。
 久我城が、私の嫌がることをするはずがない。それは今までもそうだったし、これからも変わりないだろう。私と久我城は、香坂(こうさか)家の次期当主と執事。他の人とは違う、特別な関係なのだ。
 私と久我城は、香坂(こうさか)家の次期当主と執事。他の人とは違う、特別な関係なのだ。
「変なことを言ってごめんなさい、久我城。これからも、私の側にいてくれるわよね?」
「もちろんでございます、お嬢様」
 そう言って久我城は、うやうやしくお辞儀をした。が、ちらりとデスクの上に載っているディスプレイに目をやる。
「しかし、私がいるためにお原稿に集中できないのでは、まったく本末転倒ですね」
 さっきから集中できていないことも、わかってしまっていたようだ。まさか彼のことを考えて集中できなかったなんて、ばれていなければいいのだけれど……。かあっと頬を染めたまま何も言えなくなる私を見て、久我城は笑った。私の頬に指を触れ、ふっと目を細めて言う。
「私はしばらく、退がっておりましょう」
「そ、そうしてもらえるとありがたいわ」
 久我城は、口の端を上げて笑んだ。そして胸もとから懐中時計を取り出し、蓋を開けて中を見る。
「少し早いですが、夕飯の支度を始めます。何か召し上がりたいものはございますか?」
「お夕飯?」
 私は目を丸くした。実家では、食事はすべて三ツ星レストランから引き抜いてきたシェフが作ってくれていたのだ。
「久我城がお料理をするの?」
「左様でございます。近所に商店街がありますから、そちらで食材を調達いたします」
「商店街!」
 私はぐるぐる考えていたことも忘れて、目を輝かせてしまった。
 たくさんの名作に登場している“商店街”だ。物語の中でしか読んだことがない場所を、この目で見てみたくなった。
「ねえ、久我城。私も行ってはだめ?」
「いいえ、私だけで大丈夫でございます。お嬢様は、ご執筆に専念なさってください」
「実はね、ちょっと行き詰まっているの。新しいものを見れば何か刺激になるんじゃないかと思うのだけど、久我城の邪魔になるかしら」

前へ ← 1 2 3 4 5 → 次へ
▲PAGE TOP