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大人気18禁乙女ゲーム『女王蜂の王房』待望のノベライズ決定! 『女王蜂の王房』

かほく麻緒

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【お試し読み】女王蜂の王房 白鴎編

 天空に隆々とそびえ立つ蜂の王国。
 地上に暮らすヒトは、ヒトを喰らい生きる蜂を恐れ暮らした。
 または、強靱な肉体と人外な能力を持つ蜂を、悪しき神のように崇め暮らした。

 蜂の王国に君臨するは、たったひとりの女王蜂。
 ひとつの巣に女王蜂はひとりだけ。
 子宮を持ち生まれ落ちた王女のみが、女王蜂となり得る。
 女王蜂は、交合を繰り返し、絶対君主となり、種は繁栄し国は栄える。

 蜂の腹を満たすは、ヒトの血肉。
 そして、交合のエクスタシー。

 毎夜繰り返され、毎夜踊り狂う。
 ヒトの血肉にまみれ、雄の上で。
 この世の神。女王蜂は、踊り狂う。

 ─―ああ、どうして私が王女として生まれなければならなかったの─―。





■1章



 ──女王、崩御──。
 その報せは、あまりにも唐突だった。
 ここ数年はもうずっと床に伏せってらっしゃったし、いつこの時が来てもおかしくなどなかった。皆が、女王である母の死に怯えていた。城の中はどんよりと 重く、まるでぼってりとした黒い渦の中にいるようにじっとりべったりとしていて、女王の死期を予見する城の息苦しさは異常なほどであった。
 母の治世は、七百年も続き国は栄え続けた。昔の母は美しく気高く尊く、素晴らしい方であったが、しかし老いを迎えるにつれ、その独裁っぷりと悪政、そし て自身の命を長らえるための悪食はひどいものとなっていった。最期には、ヒトを喰らいすぎ、ぶよぶよの黒いモンスターと化してしまった母。皆、独裁者であ る強き母を恐れ続け、その一方で国民は、蜂の王国では絶対的な存在である『女王蜂』を失うことをひどく恐れた。
 昔のような美しさを失い、乾いたカラカラの手を私に伸ばして、あの日母は、しわがれた声を発した。それが、母と顔を会わせた最期であった。
「めのう。お前は次期女王だ。分かっているね?」
 聞き取りにくいその声に、私は何と答えたのだったろうか。あれが、私に向けられた母の最期の言葉であったはずなのに、私は自身の答えを明確に憶えていない。
 恐らく「はい、女王様」と、いつものように聞き分けの良いふりをして答えたのだと思う。けれど、やはりそれは定かではないのだ。
 だってまさか、今日お母様がお亡くなりになるだなんて、思いもしなかった。
 だってもう、ずうっとこんな調子だったんだもの。
 だって、だって、だって─。
 心の中で言い訳が、ぐるぐると蛇のようにとぐろを巻き、ぱちんと弾ける。
「聞いているのか、めのう」
 瞬間、言い訳の先に貴峰丸(たかねまる)の声が響いた。私は、心とまぶたを弾かれた心地で彼を見上げた。
「めのう」
 再度、名を呼ばれる。
「ええ、聞いています。貴峰丸」
 どこか自身の声が遠くで聞こえた。
 貴峰丸が訝しげな顔でじっと私を見ている。彼の鋭い瞳に射貫かれると、私の心臓はいつもひやりと冷たくなった。見上げなければならないほどの、がっしり と立派な体躯、均整の取れた顔立ちはいつも冷ややかで能面で、感情の揺らぎは微塵も見せない。そんな風貌の貴峰丸だから、彼が「こわいそんざい」というこ とは、もうずっと昔から私の中にインプットされてしまっているような気がする。
 物心がつく頃にはすでに貴峰丸は私のそばにいた。いつも、監視するかのように私のそばを離れず、教育係として始終、私を指導し続けた。それがとりわけ嫌 だったわけでもないけれど、彼を怖い存在だと認識してしまったり、ほんの少しだけ窮屈に感じてしまうのは仕方がないことだと思う。
 私は、女王の言いつけだと言い張る貴峰丸の言葉によって、城の中に閉じ込められ、外へ出ることは許されなかった。貴峰丸の言葉イコール女王様の発言。そういう部分も、とても大きかったというのもある。
 しかし、これでは幽閉されているも同じだと幾度も感じ続け、机上だけの学びで、本当に将来お母様のように国を治めることができるようになるのかと、不安で堪らなくなったりもした。
 けれども貴峰丸はそんな私に、いつも言うのだ。「大丈夫だ、めのう。お前は女王になるべくして生まれた雌蜂。何も案じることはない」そしていつも最後 に、お前は特別な存在なのだから、と何度も何度も繰り返し口にした。冷たい、凍てついた氷のごとき無表情のまま、ぴくりとも頬の筋肉を緩めたりもせず、そ れが任務なのだとでも言うように、彼は淡々と私へ告げ続けた。
「しっかりしろ、めのう。ついにお前の治世が訪れたのだ。お前は女王になるべくして生まれた雌蜂。特別な存在なのだからな」
 ああ、また今日も紡がれる彼の言葉。だから私は、そっと静かに口角を引き上げ、作り笑いをして見せる。
「分かっています、貴峰丸。明日の葬儀にも、王女として正しく振る舞います。決して泣いたりもしないから」
「泣くなとは言っていない」
「では、泣いても?」
「泣くなら、今泣いておけ。しばらくひとりにしてやる。葬儀の手配も、滞りなく進んでいる。お前は何もする必要がない。ただ、心を落ち着けておけ。それがお前が今一番すべきことだ」
 たたみかけるように言った後で、ひた、と貴峰丸が私の様子を窺うように見つめる。それからくるりときびすを返した。
 呼び止めようかと思った。だって彼が行ってしまえば、この何とも言えぬ苦しいひとときをひとりきりで過ごさなければならなかったし、かと言って侍女を呼 びつけ彼女達の胸でわんわん泣くわけにはいかない。けれどもそのどれかを選ぶくらいならたったひとりきりでベッドに突っ伏した方がよほどマシなのかもしれ なかったし、とにかくぐちゃぐちゃと訳が分からなくなってしまって、だから私は。
 去って行く彼の広い背に、声をかけなかった。
 貴峰丸の、太く骨張った指先が扉に触れる。今まさに私の部屋を出て行こうとしている。ギイ、と少しだけ古びた音を立てて扉は開き、彼は、私の世界から姿を消した。
 彼はいつも通り、颯爽と部屋を出て行く。もう何度その後ろ姿を見てきただろうか、とやけに感傷的にもなった。
 やはり彼に、いてほしかったのかもしれない。

 それからしばらく。
 泣くでもなく悲しむでもなく苦しむでもなく、何をするでもなく、ぼんやりとソファの上で過ごしていると、扉がノックされた。コツコツ、と二回打ち鳴らし、それからほんの少し間を置いて、もう一度だけノックされる。
「白鴎(はくおう)!」
 私は喜びで飛び上がるようにして、座っていたソファから立ち上がった。ちょっとだけ特別なノック音。大好きな、白鴎の音。
「めのう、入るぞ」
 私が出迎えようとするも間に合わず、扉が開かれる。姿を現した彼の体に、私は臆面もなく飛びついた。
「ああ、白鴎」
「めのう、大丈夫だったか?」
 優しい彼は、抱きついたお転婆な私をたしなめるでもなく、ぎゅっと抱き締めかかえ上げてくれる。そうして、優しい優しい声で、私の名を呼んでくれる。
「ええ。白鴎は?」
「俺は相変わらずさ。けど、不幸な報せがあったわりには、顔色が良さそうじゃねえか。ちょっと安心しちまったぜ」
「ああ……」
 白鴎に再会した喜びから一変、しょんぼりと気持ちがしぼむ。
 白鴎は、少しだけ困ったように微笑み、こつん、と額と額をくっつけた。
 優しい色を湛えたまなざしが、しっとりと私の瞳をのぞき込む。優しくて柔らかい雰囲気は、慣れ親しんだ白鴎のもの。こしのある銀髪が私の頬やひたいに触れて、くすぐったい。

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