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ブルーライン[法悦☆ホリデイ~解脱なんて知らねえよ~]

書き下ろしを加えて文庫化! 強面オカン坊主×美人な駄目っ子のラブストーリー! 法悦☆ホリデイ~解脱なんて知らねえよ~

淡路水

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【お試し読み】法悦☆ホリデイ~解脱なんて知らねえよ~

 多分、これまでそんなに悪いことはしてこなかったはずだ。
 そりゃあ、ちょっとはズルしたりとか、小さい嘘を吐いたりとか、些細な、ほんの些細な過ちは犯したかもしれない。
 あとは……。
 自分のことしか考えていなかったってことも否めない。だけどここまでひどいしっぺ返しはどうかと思う。ほんのちょっぴりのズルくらい、多かれ少なかれ誰でもしていることだし、けっして自分だけじゃないとも思っている。
 不運なことが起こる度、神も仏もいないと罰当たりなことを思ったからなのか。
 彼らの存在を否定したからなのか。
 藍(あい)は、黒い法衣と地味な半袈裟(はんげさ)のやけにでかくてガラの悪い坊主を目で捉え、これって仏罰ってやつ? とそう思いながら、意識を手放した。



 真っ青な雲ひとつない空に、爽やかな海風。白いカモメが空をひらひら飛んでいる。つん、と鼻をくすぐるのは潮の匂いだ。
「あー、泳ぎてぇなぁ!」
 車の窓から見えるキラキラとした太陽の光を反射させて輝く青い海を見ながら、雪村(ゆきむら)藍(あい)は思わず声を上げた。
「な、そう思わね?」
 助手席に座る藍は、隣で黙々とハンドルを切って運転している男に話しかける。
「や、おれは別に」
 返ってきたのはなんの面白みもない気のない返事。
 この男は初めて会ったときからずっとこんな感じだ。藍が話しかけても、まともな答えをよこさない。
 確かにこれから仕事をする上では、この男と仲良くする必要も何もない。どうせ、今日一日の付き合いだ。
 とはいえ、ただでさえ気乗りしない仕事をするのに、相棒がこんなに無口で陰気だと更に気が滅入る。
 これから藍はたくさんの嘘を吐かなければならなかった。それも見ず知らずの人を相手に、だ。意図的に人を欺(だま)すことに罪悪感を覚えない者は、そう 多くないだろう。藍だって好きこのんで欺したいわけじゃない。人を欺すのは初めてだし、だから緊張もするし、なにより気が重い。
 嫌なこと尽くしだからせめて、誰かと喋って憂さ晴らしでもしたかったが、運転席の男には、どうやらそれすらも期待できそうにないらしい。
「窓閉めてくださいよ。エアコンつけてるんすから」
 無愛想に運転席の男がぼそぼそとそう言った。
「あー、はいはい」
 藍は言われた通りに車の窓を閉める。男は藍とはコミュニケーションを取る気もないらしく、それ以上は喋ることもしない。藍はむっつりと黙り込んでいる男を横目で見、また窓の外へ目を遣った。
 車は海岸沿いの道をひた走る。助手席側の窓からは海しか見えないが、運転席側から見える山の緑がこれまた爽やかで、こんな景色を見たのは一体いつ以来だろうと思う。
 それにしても、藍の憂鬱な気分とはうらはらによく晴れた空だ。
(あー、やだ。帰りてー……)
 太陽の明るさが恨めしいとばかりに溜息を吐く。
 こんなさんさんと日が降り注ぐ眩しく爽やかな日よりも、今日なんかはどちらかというと曇り空、いっそ雨でもいいくらいの気分だ。
 これから自分が後ろ暗いことをしに行くという自覚はある。藍だって、お天道様に顔向けできない仕事は本当ならしちゃいけないとは思っているから、この好天はひどく気分を滅入らせた。
 しかし、どちらにせよしなければならないことなら、さっさと終わらせたい。
 何しろこの仕事の金が入らなければアパートを追い出される。
 築四十年はくだらないのではないかという安普請のボロアパートだが、藍にとってはそこが最後の砦だ。
 六畳一間だが月一万二千円という破格の家賃な上、なんと部屋にはトイレまで付いている。風呂は銭湯だが、都内では滅多にお目にかかれない格安物件。近所 ではお化けが出るんじゃないのかとさえ言われているが、そんなことはない。その証拠にお化けなんか一度たりとも見たことはない。
 だがその格安の家賃すら現在三ヶ月分滞納している。これからたった数時間仕事の出来次第ではもう屋根のある家に住めなくなるかもしれないのだ。
 罪悪感はもりもりあるが、自分自身の生活を確保することだって大事なことだと、無理やり考えを正当化するしかなかった。
 藍はそんなことをつらつら思いながら運転席の男を見る。
 小太りのもったりした腹がカーブを曲がる度にたゆんたゆんと揺れていた。メガネの奥の目は深海魚並に小さく、暗い海の底から浮かんできたのかおまえはと 言いたくなる。開いているのか閉じているのかよくわからない目の男は、その上陰気で口数が少なく、とても今からする仕事では上手くいくとは思えなかった。
 しかし、好き嫌いなど言っていられない。彼と力を合わせてなんとか乗り切るしかないのだ。だからほんのちょっぴりでもコミュニケーションがはかれないものかと、藍は切っ掛けを探すことにした。
 目的地までまだ先だろうか。少し先に見える道路の案内表示を確認しようと目をこらしたとき、山側にあるお稲荷様とおぼしき狐の石像めがけて、黒い影が上 方からひゅんと素早く急降下し、ピーヒョロロと鳴き声を残して再び空へ飛び立つ。トンビだ。見ると何かを咥えて飛び去っていったようだった。
「うっわ。おい、見たか? トンビがお稲荷さんのお供えさらってったぞ。あれ、油揚げじゃね。マジでトンビに油揚げかよ」
 なあ、と運転席の男を見たが、男は「はあ」とまたも気のない返事だ。
 恐ろしいほどリアクションがなく、ひとりではしゃいで喋っているのがばからしくなった。ついに藍も口を閉ざしてラジオのスイッチをつける。流れ出したアイドルの歌がまた嫌みなほどに明るく軽快だった。
 都内からかれこれ二時間は車を走らせている。見えてくるのは海また海で、時折集落がポツリポツリと見えるだけだ。
 正直、藍はこんな田舎に来たくはなかった。けれど金になるのはこういう田舎だってこともわかっている。
「なあ、あんたこの仕事したことあんの?」
 藍は男に訊いた。経験者ならいいのにと思ったが、期待はすぐにぶち壊される。
「や、あるわけないじゃないですか」
 ごく当然だとばかりの返事に藍はがっかりした。
「マジかよ……」
 が、せめて気の利いた男ならともう一度いくらかの期待を抱く。
「じゃあ、何やるかわかってる?」
「……あー……カブさんが、アイさんの言う通りにしとけって。アイさんに全部やりかた教えておいたから大丈夫って言われたんで。で、何やるんすか」
 どうせろくなことじゃないんでしょ、と男はボソボソ付け加えた。
 チッ、と藍は舌を打った。まるっきり話にならない。
「……ックショ、丸投げかよ」
 藍だって、こんなことをするのは初めてだ。それを全部丸投げされたらしい。ど素人二人でなんとかなるのか。
「あの……で、何するんすか」
「おれだって、さくっとレクチャーされただけだからよく知らねえよ」
「でも、やることはわかってるんすよね」
「そりゃあ……まあ……」
 思わず言葉を濁したのには理由がある。
 なぜなら、今日押しつけられた仕事は有り体に言って詐欺だ。詐欺、というより悪徳商法の片棒かつぎというところか。
 田舎の年寄り相手に、金目のものを買い叩く。
 リサイクルショップという名目で訪れ、まずは服一枚からどんなものでも引き取ってお金に替えますよ、と話を持って行く。その後他の本当に金になる獲物、例えば貴金属などを出させ、それをうまく言いくるめて二束三文で買い取る――簡単に言うとそんなところだ。

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