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ブルーライン[宵越しの恋]

WEB掲載分に描き下ろしを加えて文庫化! 宵越しの恋

川琴ゆい華

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【お試し読み】宵越しの恋

 色とりどりの紙屑が、手のひらから離れて宙を舞う。
 赤、青、黄、緑、紫……そして金と銀。教室の四角い窓から外に放たれた紙吹雪は、五月の晴天のグランドに、その隅にある大きな楡の木に、はらはらと散ってゆく。
 紙屑を放った三度目で、「こらぁ!」という声が深尋(みひろ)の耳に届いた。校舎の四階の窓から下を覗くと、高校二年の学年主任がバインダーを翳して見上げている。
「紙屑を窓から投げ捨てているのは誰だ」
 下からだと逆光で、誰だかよく分からないらしい。
「とにかく、降りてきて掃除しろー」
「すみませーん」
 何やってんだよ、と背後からクラスメイトに笑われて、深尋は苦笑いを浮かべながら教室を出た。
 昼休みで賑わう廊下を通り、階段を駆け下りる。途中で男女数人に声をかけられ、それを躱して一階まで下りたところで、階段下の掃除道具置き場から箒とちりとりを取り出した。
 外に繋がる扉を開ける。春の日差しとはいえ眉間に刺さるような明るさで、深尋は一瞬顔を顰めた。
「……掃除しろって言ったってなぁ……」
 何せ紙屑だ。風にのせて広範囲にばら撒いてしまった。プールに絵の具を垂らしてもその色が薄まってしまうのと一緒で、色紙にして十枚分程度、探すのも大変だ。手にした掃除道具を使うほどのこともない。
 色紙は午前中に行われた美術の授業で残ったものだった。絵筆を使わずに絵を描く課題で、深尋はちぎり絵を制作していた。
 課題で余ったカラフルな紙。手のひらのそれを見ていたら、ふと、風に飛ばしたくなったのだ。
 ほんの出来心で散らしたものを気まぐれに拾って歩くうち、日陰のベンチで寝転ぶ生徒の頭に金色の紙屑がくっついているのに気が付いた。生徒は背もたれがないベンチに横向きで、深尋に背中を向け、腕枕で寝ている。
 いつもの深尋なら声をかけて取ってやるところだが、数歩近付いてから歩みをとめた。ぐっと眉間を狭める。
「……っ」
 一瞬湧いた親切心を、もったいないとばかりに引っ込めた。そこに寝転んでいたのが、糀谷准平(こうじやじゅんぺい)だったからだ。
 ただの一歩だって近付きたくない。逢坂深尋がそんなふうに人を毛嫌いするのは、この学校内で彼だけ。
 コンクリートや土の上でちょっと目立っている紙屑を適当に拾って、深尋はさっさとその場から退散することにした。


 気になってしかたない。
 午後の授業が始まって、最後のコマの七時限目になってもまだ、准平の黒髪に金色の紙屑がくっついたままなのだ。深尋は准平の左後方の席で、いやでもあの金色が目に入る。
 ズボンのポケットにある携帯がブルブルッと震えた。教壇に立つ数学教師に気付かれないよう、机の下でメールをチェックする。
『深尋、ホモ平のあれ、マーキングのつもりかよ』
 メールの送り主は三列左隣の児島からだ。読んだ直後に顔を顰めた。マーキングってどういう意味だ、という焦りと苛立ちで体温が上がる。
 准平の頭の紙屑を、『所有者だと誇示している』と揶揄されて、深尋は児島に向かってイーッと歯を剥いて見せたあとで笑顔を付け足した。
 へたな誘導尋問に引っかかるわけにはいかない。危うさのぎりぎり手前で作った茶目っ気すらある深尋のその表情に、児島は肩を揺らして笑っている。児島は深尋がこういう反応をすると分かっていて、わざと絡んでいるのだ。からかっているだけじゃなく、『深尋も、糀谷のこと意識してるんだもんな』と牽制している。児島のそれを笑って躱す以外に、この場をやり過ごす選択肢はない。
 准平の髪でキラキラ光る、金色。
 他のクラスメイトだって、午後の授業の三コマ目になっても誰ひとりとして「髪に紙屑が付いてるよ」と声をかけようともしない。
 ここは、教室というガラパゴスだ。九メートル四方の狭い世界は、そこでだけ蔓延する独自のルールによって成り立っている。
 殴るとか蹴るとか、金をたかるとか、目を背けたくなるほどの壮絶ないじめはこの教室に存在しない。けれど、とても静かに、しかし確実に、異端と判定された者をさりげなく排除して、誰もが己の安定した学校生活を維持しようとする。ガラパゴスで平穏に生きるために。
 深尋はメールを読み返し、『ホモ平』と書かれた文字に、再び胃酸が逆流するような苛立ちを覚えた。
 准平のことはきらいだし、近付きたくないけれど、こういうあだ名をつけて呼ぶやつのほうがよっぽど腹が立つ。だけどその感情をそのまま児島にぶつければ、今後の学校生活が面倒になるだけ。だから、そのメールを即削除することで、ささやかに反逆した。
 中高一貫教育――つまり、六年間をともに過ごさなければならない仲間だという意識が、事なかれ主義を助長している。比較的裕福な家庭環境のためか、親のメンツを気にしたり、有名大学への進学の妨げになってはならないと、人の顔色を窺い、周囲の状況を見極めることにみな敏感だ。
 深尋もそういう平均的な生徒のひとり。そして、件の糀谷准平は、周りに流されず飄々としていて、集団で行動することに安心感を覚える深尋とは対極にいる。
 准平は中学のときからすでに何かを達観したみたいな凛とした佇まいで、特別なパフォーマンスをするわけでもないのにやたら目立っていた。ひとりだけ温度の低い空気を纏っているような、一段高い場所に立っているような、とにかく独特の雰囲気なのだ。
 群れに属さず、高校生になった今でも、准平はあいかわらず自分の世界を貫いていてブレない。それに輪をかけて、どうやら同性愛者らしいという噂が、ますます准平を孤独にしている。しかも、准平は深尋のことを好きらしい、との勝手な噂が中学の頃からあって、今や誰もが信じて疑わない公然たる事実のような扱いだ。
 それを言い出したのは児島だった。中学二年の春、「深尋と一緒にいるとき、糀谷からの視線を感じる」と言ったのが発端で、以降も「授業中にちらちら深尋を見てる」とか「登下校時に気付けば、深尋の後方を歩いてる」など、難癖ともいえる主張を続けていた。
 児島が急にそんなことを言い出した理由は、すぐ分かった。当時付き合っていた児島の彼女が同じ塾に通う准平を好きになり、一方的にフラれたのを逆恨みしたのだ。その彼女は准平に告白したものの成就せず、すると児島が「糀谷が深尋を見てる」との主張を始めたのだからあからさまだ。
 准平を八つ当たりの標的に仕向け、深尋はそのとばっちりを食ったことになる。からくりに気付いていても、それを児島に面と向かって指摘する者はいない。
 人の性癖など知ったことではないが、自分の身に降りかかるのは別問題だし、風下にいたというだけで火の粉がかかるのは堪ったものではない。しかも、自分に好意を向けているかもしれない男――それがあの准平だなんて。
「准平に見られてる」と知らされてからは、逆に深尋のほうが気になり始めた。でも実際には児島に言われるほど准平とは目が合わない。気のせいなのか確認したくなるから、むしろ深尋が過敏になってしまったくらいで。
 准平が背後にいるというだけで、全神経が背中一面に集中するようだった。視界に入っていなくても、まるでアンテナをそちらに向けたみたいに、ぼそりと誰かに返答する准平の声を耳が拾う。「おい、俺の話聞いてんの?」と児島に言われてはっとして、自分の意識が准平にばかり向いていることに気付かされたりする。

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