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ブルーライン[人魚姫の弟]

王子×王子!結ばれてはいけない二人。表題作のほか、大人気の「輪」シリーズも収録! 人魚姫の弟

犬飼のの

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【お試し読み】人魚姫の弟

 僕には六人の姉がいた。六番目の姉は恋に破れて海の泡になり、年の離れた僕に、大理石の白い像を残してくれた。薔薇色の海藻で囲って、とても大切にしていた物だ。
 この像は姉が恋い焦がれた王子様に似ているらしい。
 僕にとっては、姉を傷つけて海の泡に変えてしまった憎い人……ずっとそう思っていた。自分が恋に落ちるまでは、姉の気持ちがわからなかったから──。


 人魚王の城がある海底は、陽が落ちる瞬間の空の色に似ている。
 夕陽の赤みが消え去って、それでいてまだ明るさは残る夕方と夜の中間の色。
 底を覆う砂はサファイアを砕いたようにキラキラと輝き、王城の壁は珊瑚で出来ていた。窓は琥珀、屋根は巨大な真珠貝だ。
 青い砂が光を蓄えるので、夜でも暗闇とは縁がない。
 それでも遠い空から光が届くと、屋根が七色に煌めいて美しかった。
 夜明けを喜ぶように貝が口を開き、その中にある真珠を見せてくれる。
 地上の人々の目に触れたら、王族や貴族に献上するために……と、ごっそり持っていかれてしまうのだろうが、人魚王の城を訪れる人間は、一人残らず死人だ。
「リト、また地上に行くつもりなの?」
 満月の夜、リトは一番上の姉に問われた。
 正直に「はい」と答えると、二番目の姉がずいっと前に進みでてくる。
「毎日よく飽きないわね。普通は何度か行ったら飽きてしまって、海底が一番美しいことに気づくものよ」
「リト、貴方まさか人間の娘に恋をしているんじゃないでしょうね? 嫌よ……もうあんな悲劇は絶対に御免だわ。皆の自慢の貴方にもしものことがあったら、お母様やおばあ様に続いて、お父様までどうにかなってしまうわ」
 すでに結婚して子供もいる姉達の言葉に、リトは「ご心配ありがとうございます。人間の娘さんには会ったことがありませんから、大丈夫ですよ」と答える。
 嘘ではなかった。毎夜会っているのも恋しいのも、人間の娘ではなく人間の王子だ。
 王子と出会う前、リトが知る人間とは常に死人であったので、いくら大理石の像を見ても、沈没船から運んできた絵画や書物を見ても、それほど人間に惹かれることはなかった。むしろ大地や大空への憧れが強かったのだ。
 その考えが覆されたのは、リトが十五歳になった時だ。
 人魚は十五歳の誕生日になると、憧れの地上を見にいくことができる。
 リトも例外なく海の上の世界に憧れていた。幸いなことに、リトはイルカ族の血を引く後妻の子であったため、姉達とは違ってイルカに変容することができる。
 人魚の姿では陸から遠い場所で見物することしかできないが、イルカの姿なら人と触れ合うこともできるのだ。
(早く海上に行かなくちゃ! 今日はグレン様の誕生日!)
 王城をあとにしたリトは、人魚の尾をぐんぐんと動かしながら地上に向かう。
 南の王国フューンの第一王子グレン・クリスチャン・アンデルに会う時は、いつも途中でイルカに変容していた。しかし今日は人魚のままだ。
 グレンから今夜の船上パーティーのことを聞いていたので、あまり近づけないのはわかっていた。地下水路で毎夜のように密会し、王子の秘密の友達のイルカとして、彼の話を聞くのはとても素晴らしい時間だけれど、今夜は別の楽しみがある。
(真紅の薔薇のような色の衣装を作ってもらったって……ああ、今から胸がはち切れそう。グレン様のブロンズ色の肌や黒髪には、鮮やかな色が本当によく似合う。青も黄色も、もちろん白や黒もお似合いだけれど、やっぱり赤が一番だと思う。赤と金で飾られたグレン様を間近で見たら、僕の目はどうにかなってしまうかもしれない!)
 リトは夜空に向けて、より力強く尾を振った。
 恋しい王子の国には、ブロンズ色の肌をした人間ばかりが住んでいる。
 六番目の姉が恋した白い王子像も美しかったけれど、それは女性と見紛う美しさであったので、雄のリトの心を惹きつけるものではなかった。
 リトが憧れるのは、強くて雄々しい王子だ。グレンは国一番の美男と謳われ、目が覚めるような素晴らしい美貌の持ち主だけれど、彼を女性と見間違える人はこの世に一人もいないだろう。
 グレンは背が高く、剣術や馬術に励んでいるのが一目でわかる肉体の持ち主だ。
 多趣味だが一番の趣味は読書で、面白い物語をイルカのリトに語り聞かせてくれた。
 痺れる低音の美声で語られる物語は、簡潔に纏められ、それでいて正確だった。
 リトも沈没船から運ばれた書物を読むのが大好きだったので、同じ本を読んでいることや、同じ感想を抱いていることに何度も感激した。
 あまり面白く感じられなかった物語も、地上の世界で生きるグレンの感性を通じて語られると、たちまち魅力的に思えてくる。
(夜なのに海の上が明るい。今夜は満月だけど、それだけじゃない。ああ……祝砲の音がする。あとは花火の音だ! 国中がグレン様の誕生日を祝ってる!)
 水面の先の光が明瞭に見えてきて、ようやく浮上の時が来る。
 王室の船を見つけたリトは、十分に距離を取ってから水面に顔を出した。
 水を通して聞いていた祝砲や花火の音が、はっきりと聞こえてくる。
 空には炎の花が咲いていた。グレンによく似合う金色の花が、月と競うように輝く。
(船の上でダンスを踊ってる! ああ……赤い礼服を着た一際背の高い人……あれがグレン様に間違いない。もっと、もっと近くで見なきゃ!)
 華やかに着飾った王族や貴族が、オーケストラの調べに合わせてダンスを踊り、グレンの相手は次々と代わっているようだった。
 フューンは暑い国だが、今は真冬なので誰もが暖かそうな服を着ている。
 グレンも長袖詰襟の礼服を着ていた。主役の王子は人の輪の中心に居るため海から姿を見るのは難しいが、ダンスの流れで時折ちらりと姿が見える。
 女性達はスカートの広がったドレスを着ているようで、グレンと踊る順番を待っていた。スカートの中には二本の綺麗な足と、踵の高い靴が隠れているのだろう。
(姉上は足を欲しがって、誰よりも綺麗だった声を失った。その気持ちが今の僕にはわかるけれど、でも僕は……そんなことはしない。イルカの姿で地下水路に忍んで、彼の話を聞くだけでいいんだ。踊れなくてもいい、喋れなくてもいい。毎晩会えて、撫でてもらうことができるし、イルカの姿ならキスだってできる……)
 自分にそう言い聞かせてみても、心はキリキリと痛んだ。
 盛大なパーティーの様子を眺めながら、リトは王子の唇の感触を思いだす。
 グレンに年の離れた弟が出来た夜、彼は上機嫌でキスをしてくれた。キスはたった一夜、その夜だけだったけれど、彼は連続して何度も唇を押し当てて、「私にはお前という友がいるのに、このうえさらに弟が出来るなんて」と、歓喜の声を上げた。
(僕は貴方の友達……その事実は言葉にできないくらい嬉しいこと。グレン様と同じ雄だから、それ以上なんて望めないのはわかってるし、本当に、凄く幸せ……)
 姉は白い肌の王子と結婚できなかったために、海の泡になってしまった。
 自分は雄で、グレンは男で──姉が目指した結末を夢に見ることさえ許されない。
 リトは自分が如何に幸せであるかを噛み締めては言い聞かせ、遠い船上の宴に目を潤ませた。いつもは乗馬服や剣術の練習着のまま地下水路に来る王子が、きらびやかに着飾っている姿が見られて、遠目ではあったけれど嬉しかった。そういう、いいことばかりを記憶に留め、いつも感謝していたい。喜んでいたい。

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