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WEB掲載分に書き下ろしを加えて文庫化! 言って、イって ~官能作家育成中~

浅見茉莉

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【お試し読み】言って、イって ~官能作家育成中~

 今日中に片づけなければまずい仕事を済ませたところで、中溝兵衛(なかみぞひょうえ)は卓上カレンダーを見た。書き込みでぐちゃぐちゃのそれに目を凝らし、指を折って日数を数える。
 ……よし、行ってみっか。
 緑影新人賞受賞作家・楠木恭司(くすのききょうじ)のところだ。一年半前、等身大の若者を瑞々しくナイーブな感性で描く――とかなんとか評されたその受賞作品で単行本デビューを果たし、文芸系期待の新人と目されていた大学生だが、巡り巡って現在は中溝の担当する作家となっていた。
 ちなみに中溝が所属するのは、緑影社系列出版社のスリット文庫編集部で、いわゆる官能小説を制作している。
 つまり恭司は現在、官能小説を執筆中なのだ。
 文芸系の新人作家がジャンル違いの小説を書くことになった原因は、恭司のスランプにある。なまじ重版がかかったり、重鎮評論家がべた褒めしたりしたせいか、受賞作以上のものを書かなければならないというプレッシャーに圧されたのだろう。
 中溝個人としては、実力はともかく偶然の幸運が重なっての受賞もなくはないし、そういった受賞者の場合は、次が書けなくてもなんの不思議もないと思っている。
 ぶっちゃけ、書けなきゃほっとけって話だよな。
 それがどうして自分が担当することになったかといえば、小説緑影編集部の担当者が四方田(よもだ)はるかだったからだ。
 はるかとは同期入社ということで、系列会社をひっくるめた同期会が、次第に気の合う仲間同士の小規模なものに変わっていくうちに親しくなった。たまにふたりきりで飲むこともあり、美人で仕事熱心な彼女ともう一歩進展した仲になりたいと、つねづね思っていた。
 そのはるかが先日の飲みの席で、恭司の二作目の執筆状況がはかばかしくないと、いつも元気で前向きな彼女らしくもなく愚痴をこぼし、ため息をついた。
 同じ編集者として、そんな状況のつらさはよくわかるし、なんとか手助けしてやりたい。個人的にポイントを稼ぐチャンスだとも思った。
 だから即座に提案したのだ。うちで書かせてみたら、と。
 はるかへの下心があったのは否定しないが、文芸系の新人賞作家がスリット文庫で書いたとなれば、注目度も高い。ひいては売り上げにも貢献するだろうという目算もあった。中溝にとっては一石二鳥というやつだ。
 というわけでさっそく恭司と会い、官能小説と聞いてあまり乗り気ではなさそうなのを、苦手描写の克服になるからと強引に説き伏せて、執筆を約束させた。
 はるかが恭司の作品の問題点として指摘していたのは、キャラクター同士が関わる描写だ。特に恋愛関係にある者同士の、肉体的なものも含めたやり取りに、リアリティや色気がないと言っていた。
 それを踏まえて中溝は改めて受賞作を読んでみたが、いわゆる青春ものだったせいかさほど気にならず、むしろ高度な文章力や構成力が光っていた。
 作家としてやっていく力はある。肩の力を抜けばきっと書けるだろうし、それで恭司が自信を回復すれば、緑影での仕事にも復帰が見込めるだろう。
 そして恭司のネームバリューというか、緑影新人賞受賞作家という肩書でスリット文庫も売れるし、はるかも中溝に感謝するだろうし、いいことずくめだ。
 そう思ったのだが――。
 一週間ほど前に進行状況と内容を確認しに行ったら、げっそりとやつれた恭司と、なんともお粗末な書きかけ原稿が待っていた。
 ざっと六十枚。中溝としてはもう少し進んでいるはずだと見込んでいたので、まずはこの枚数にこめかみが引きつった。現役大学生で、いわゆる兼業作家だということを差し引いても、少ない。
 反射的に睨むと、傍らに正座していた恭司がびくりと身をすくめた。ただでさえ中溝のアポなし突撃に狼狽えていたのが、脅えの形相になっている。
 とりあえず書きかけのページまで一気に読み終えてから、中溝はこの仕事が予想外に困難なことを悟って、ため息を呑み込むために煙草を咥えた。
『灰皿』
『え……? あっ、はいっ……』
 恭司はあたふたと辺りを見回し、本棚代わりのカラーボックスから小皿を取り出して、コタツの上に置いた。
『まず、導入部が長すぎる。状況説明がなきゃ、読者も話に入りにくいけど、歴史大河じゃねえんだから、主人公の親のことなんかどうでもいいんだよ。今後、親が出てきて3Pするわけじゃねえだろ。こんなとこで枚数稼ぎすんな。メインはエロなんだから』
 見抜かれたと言わんばかりに、恭司は小さくなって俯いた。
 見え見えだっつの。
 よほどそういったシーンに苦手意識があるようだが、官能小説でそこを省かれては意味がない。というかそれを克服するために書いているのだから、避けてどうする。
 それと――と、中溝は頭を掻きながら豪快に煙を吐き出す。
『あのな。色気に欠けるなんてもんじゃねえわ。マネキン同士が乳繰り合ってんじゃねえんだよ』
 まさに色気もそっけもない男女の絡み描写は、ドラマ台本のト書きでも読んでいるようで、しかもやり取りや行為の流れがどこか妙だった。
 中溝は念のためにと用意してきたものが入った社用封筒を、恭司に押しつけた。
 顔合わせのときにAVを見たことがないと聞いて、二十歳過ぎた野郎がそんなわけあるかと思ったが、体位のバリエーションの参考くらいにはなるだろうと持ってきたのだ。
 しかし原稿を確認して、まんざら嘘でもなかったようだと思い始めた。たぶん恋愛とか色事とかの経験も少ないのだろう。
『な、なんですか? これ』
 膨らんだ封筒を恐々と手にした恭司に、『AV』とひと言返すと、ぽかんとした後で、爆弾でも手にしたかのように中溝に押し返そうとした。
『返すなっ! わざわざ持ってきてやったんだから、これ見て勉強しろ』
 AVだけでは心許なかったので、後日、参考資料としてアダルトグッズを詰め込んだ小包も送った。
 あんだけあれば、一本くらいはなんとか書けるだろ。
 恭司のアパートが見えたところで、中溝は短くなった煙草を携帯灰皿へと落とし込んだ。



 ノートパソコンのディスプレイから顔を上げた中溝は、斜め後ろに正座している恭司を振り返った。判決を待つ被告のように神妙な顔つきが、苛立ちを跳ね上がらせる。
 そんなツラしてたって、全っ然反省してねえだろ、おまえ。
「遠いわ」
「は……?」
 恭司は掠れ声を洩らして、目を見開く。ちんまりと目鼻立ちが整った線が細いタイプなので、可愛いと言えなくもないが、原稿に作家の美醜は関係ない。そもそも男だし。
「導入部はこれでいいとして、肝心のシーンがだめ。もう全然だめ。こんなんで抜けると思ってんの?」
「ぬ、抜くっ!?」
 本気で予想外のことを聞いたというように、恭司は声を裏返して驚いた。というか、明らかに動揺していた。
「ま、たとえだけど。昨今、オカズは動画だろ。でもまあ、官能小説を使ってる奴もゼロじゃない。あ、そういや渡したAV、見たのか?」
 それを元ネタにシーンを展開しても、もうちょっとなんとかなりそうなものだ。
 しかし恭司は一気に頬を紅潮させて、ぶんぶんと首を振る。
「あっ……、あんなの見られるわけないじゃないですかっ」
「はあっ? 人がせっかく持ってきてやったのに……なんだよ、趣味が合わないってか? そういう贅沢を言ってる場合じゃねえだろ」

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