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ブルーライン[摩天楼に眠る獅子]

【書き下ろし長編を収録して文庫化決定!】つれないことを言うと、夜、酷く啼かせたくなるが──いいのか? 摩天楼に眠る獅子

ゆりの菜櫻

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【お試し読み】摩天楼に眠る獅子

 マンハッタンのほぼ中央にある人工的に残された楽園、セントラルパークが、眼下には広がっていた。
 青々とした木々の向こう側を見れば、薄雲がかった空に、ビルが幾重にも聳え立っている。
 最近、クリスはここニューヨーク、セントラルパークと五番街に面している老舗ホテルを定宿としていた。白を基調としたスイートルームは清楚であるが豪奢でもあり、古き良き時代のアメリカを感じさせ飽きがこない。
 クリスはバスローブ姿のまま、シャンパンを片手にソファーに座って、景色に目を向けていた。
 金の髪が、壁一面の窓から降り注ぐ太陽の光に照らされて、きらきらと輝いている。長い睫の下に静かに息づくのは美しいエメラルドグリーンの瞳だ。
 男女関係なく、誰もがアメリカ屈指の名門、ロイズ家の次男、クリス・ランドレー・ロイズはすこぶるつきの美貌の持ち主だと賞賛する。そして一度はベッドを共にしてみたい青年だとも囁かれていた。
 しかしクリスにおいてはその評価は退屈なもので、さして興味を惹くようなものではなかった。
 元々抱かれる趣味もないので、向こうが秋波を送ってこようが、こちらが抱きたいと思わない限り相手にはしない。よって、実際ベッドを共にする人間は、星の数ほどはいない。確かに人よりは少し多いかもしれないが。
「ねぇ、クリス、早くこっちにおいでよ」
 趣味が高じて宝石商を営んでいるクリスは、昨夜、馴染みのオートクチュールの新作発表会に出掛けた。
 顧客の趣味や、どのようなデザインに人気が集まるのかリサーチして、宝石のデザインに生かすためだ。
 宝石商と言っても、クリスの場合、デザインにも才覚を現し、多くの顧客を持つ宝飾デザイナーとしても活躍している。
 そしてリサーチも兼ねて出掛けたパーティーで知り合ったのが、この男性モデルだ。甘いマスクに華奢な腰の持ち主で、昨晩はクリスを随分と愉しませてくれた。
「君の体力にはついていけないな、少しは休ませてくれないか」
 笑顔で奥の寝室にあるキングサイズのベッドに寝転ぶ青年に視線を送る。
「嘘ばっかり。どうせ僕の躰に飽きたんでしょ」
「そんな失礼なこと、思わないよ」
「どうだか……」
 青年が子供っぽく頬を膨らませた時だった。いきなり部屋のエントランスのベルが勢いよく鳴らされた。
 クリス専属のコンシェルジュが同じフロアで控えているはずなのに、このベルが鳴らせるのは、クリスの家族か、またはコンシェルジュが逆らえないほどの権力を持った人間だ。
 現在クリスの家族はチューリッヒで休暇を過ごしているはずなので、残る人間は自ずと限られてくる。
 つい、クリスの眉間に皺が寄る。なぜなら、来客の大体の見当はついているからだ。
「また、あいつか……」
 脳裏には黒い艶やかな髪をした野性的な男の顔が浮ぶ。
 鷹のように鋭い黒の瞳が印象的で、ミルクコーヒー色の肌が異国情緒を感じさせる。どこか人を食ったような失礼な態度さえ、その男ぶりを更に上げる要素になってしまっていた。そんな彼は、アルハラーン王国の第六王子だ。
 元々働く必要のないほどの財力があるにもかかわらず、マネーゲームよろしく投資などをして、更に財を増やしているいけ好かない男でもある。
「開けるぞ、クリス」
 それに、こんな風にクリスに対して横柄な言い方をするのも彼しかいない。
 クリスが小さくため息を吐いていると、返事もしていないのにドアが勢いよく開けられる。やはりそこには想像した通りの男、ハリーファ・ビン・サルマーン・アル・バクルが立っていた。
 しっかりした体躯に、どこかの俳優かモデルのように長い四肢。白いアラブの民族衣装が彼を引き立たせる。
「ハリーファ、来る前にアポイントを取ってくれと、以前私は言わなかったか?」
「私とお前の仲に、そんな無粋なルールはいらないと、それこそ以前に言ったと思うが?」
 彼の鋭い瞳が奥の寝室に向けられる。ベッドに真っ裸の男がいれば、何がどうなっているか、説明しなくとも明らかだ。案の定、彼の双眸が細められる。そして鷹揚にクリスに告げてきた。
「……また、お前はつまらない男を拾ってきたのか」
 お前が引っ掛ける男よりはマシだ、と言ってやりたくなるが、言ったところでこの男が耳を貸すとは思えない。クリスは黙ってシャンパンに口を付けた。
 するとハリーファはもう一度、青年に視線を向け、ぞんざいな様子で口を開いた。
「そこの男、もう用は済んだのだろう? さっさと帰るがいい。車が必要なら、部屋の外で私の部下が待っている。彼に言って手配してもらえ」
「帰れって……あんた急に来て、何だよ」
「レイズ、イノーベン!」
 ハリーファが名前を呼んだ途端、黒いスーツを身に纏った男が二人、さっと現れる。ハリーファの専属SPだ。屈強な男二人を前に、さすがに青年も怖くなったのか、慌ててベッドから降り、衣服を着始める。
 まったく……。この青年ともまた切れるな。
 クリスはそんな呑気なことを考えながら、青年が部屋から出て行く姿を目で追った。
「ハリーファ、君はどれだけ私の恋人を追っ払えば気が済むんだ?」
「恋人? 一夜限りだろうに。それにお前こそ、私の気を惹きたいがために、浮気の真似ごとをどれだけすれば気が済むんだ?」
「自意識過剰だな。悪いが、君の気を惹こうと思ったことなど、生まれてこのかた、一度もないが?」
「お前は意識していないかもしれないが、私は常にお前に誘惑されているぞ?」
 そう言いながら、ハリーファは断りもなくクリスの隣に座り、その頬に唇を寄せた。そしてそのままバスローブに手を掛けると、肩をはだけさせ、唇から顎、そして首筋に唇を這わせる。
 クリスはシャンパングラスを片手に、彼の好きなようにさせていたが、彼の唇が肩甲骨に到達したとき、冷ややかな声を出した。
「そこまでだ。私は君に抱かれる気はない」
「お前は私に抱かれたいはずだ」
「夢を見るのは寝ている時だけにしろ」
「いや、あの夜、お前は悦んで抱かれたではないか」
 ハリーファの言葉に、思わずクリスの麗容な眉がぴくりと動いてしまう。この男の言動に翻弄されるなんて真っ平だと思っているのに、つい態度に出してしまった自分の未熟さを苦々しく思うしかない。
 ハリーファもまた、クリスの僅かな変化に気が付いたようで、傲慢な笑みをその口許にたたえた。
「覚えているだろう? あの情熱的な夜を―――」
 忌々しい記憶が蘇ってくる。この男、ハリーファと再会した時の最悪の記憶だ。クリスはその端整な顔を僅かに歪めたのだった。

                ◆◆◆

 あれはちょうど二ヶ月前のモナコだった。学生時代、イギリスの寄宿学校で一緒だったハリーファと偶然、グラン・カジノで再会したのが運の尽きだった。
 プライヴェートルームでバカラを楽しんでいた時に、声を掛けてきたのがハリーファだったのだ。
 学生時代、それほど親しくした覚えもないが、お互い学校では有名人でもあったために、顔と名前が一致する程度には知っていた。
 しかしその程度であったにもかかわらず、ハリーファは久々に親友にでも会ったかのように親しく話しかけてきた。
 そしてそこで魔が差して莫迦な賭けをしてしまったのだ。
「私はバンカーに賭けよう。しかし、もしクリス、お前が勝ったら、この掛け金と同額をお前にも払ってやる」

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