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ブルーライン[緋痕の虜囚]

WEB掲載分に書き下ろし後日談を収録&逆月酒乱先生のイラストで文庫化決定! 緋痕の虜囚

淡路水

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【お試し読み】緋痕の虜囚

 海里とラドは耳を澄ませ、目をこらす。
 ラドは目を細めたかと思うと、紐で石を固定し、構えた。そうして大きくそれを振り回す。
 ヒュン、という紐が立てる音がしたかと思うと、離れた場所からなにか硬い物に当たる音が聞こえた。
「当たったか」
「多分」
 海里が答えるより早く、ラドはこの場所から遠ざかりはじめる。海里も彼に倣おうと後ろをついていこうとした。しかし、踵を返し、もう一度水辺に戻る。
「どうした」
「もう一口だけ」
 今度はいつ飲めるかわからない。あと一口水を飲んでから出発したい。
「早くしろ」
 わかってる、と言いながら海里は水を掬う。口に含ませ、惜しむように飲み込んだ。
 水を飲み、振り向くとラドの姿がない。
 慌ててあたりへ視線を巡らせた。
 だが彼の姿はどこにも見当たらず、海里は置いていかれたのだろうか、と不安になった。すると海里たちが下りてきた緩やかな傾斜の中程にある茂みの中からラドの姿が現れる。
 海里はほっと胸を撫で下ろした。そもそもラドはひとりで逃げられるのだ。海里自身、彼のお荷物になっている自覚はある。だから彼が海里を置き去りにしていっても仕方ないとは思っていたが、いざ置いていかれたかも、と思うと不安が先に立つ。同時に自己嫌悪に陥った。
 いつまでも彼に頼っているわけにはいかないのに、心のどこかであてにしてしまっている。
「どうかしたのか」
 様子のおかしい海里にラドが声をかけた。
「いや……別に」
 咄嗟に海里はごまかす。そして彼が手にしているものを見て目を見開いた。
 それはさっき彼が仕留めた〝獲物〟だ。
「ちょ……! ラド、それ」
 彼が持っていたのは、カメラとGPSが仕込まれた小型のマルチコプター。要は、海里たちの探索に使用されているものだった。
 壊してしまうか、それともそのままにしておいて見つからないように移動すべきか、その判断はかなり難しい。
 ここで壊してしまえば、GPSに動きのないこの小さな飛行物は撃墜されたと操作側に認識され、すぐにでも海里たちの位置がわかってしまうのは明白だ。
 しかしこのマルチコプターに赤外線撮影が可能なカメラが搭載されている以上は壊してしまうしかない。カメラで自分たちの姿を捕捉されてしまえば、大胆に動き回ることができなくなる。なにしろ昔のように短距離での視覚に頼ったラジコン操作しかできなかった時代とは違い、遠隔操作が可能になり、そしてどんなところへでも容易に飛んでいく。
 成人男性ふたりが行動している様を追跡するのはこの小さな飛行物にとってはきわめて簡単なことだった。
 いくらなんでもこの山道すべてを匍匐で進むのは不可能だ。GPSによって現在地を知られるリスクはあるが、壊して先を急ぐ方がまだましと判断した。
「安心しろ。壊れている」
 念のためだ、とラドは持っていたマルチコプターを池の中に放り投げて沈めた。万能とはいえ、やはり機械だ。水には弱い。
「急げ。すぐここもマークされる」
 ラドの言葉に海里は小さく返事をして足早に先を急ぐ。
 これが夕方からずっと繰り返されてきたのだ。だから休息もろくに取れずにいた。
 むっとする草いきれの中で、海里はただひたすらラドのあとを追う。彼の背を追っていれば大丈夫という安心感が海里の足を前に進ませていた。
 海里ひとりだけで逃げ出していたならおそらくここまでこられなかっただろう。あの施設から逃げ出すことができたのもひとえに彼がいたからだ。海里だけなら、マルチコプターが頭の上を飛んでいると思っただけできっとパニックを起こしていた。
 なのに彼はさして動じることもなく、淡々と状況に応じルートを変えるなどして対処する。
 二十歳の自分よりも五つほどしか歳が変わらないのに、彼のこの肝の据わり方ときたらどうだ。五年経って自分が彼のようにできるかといったら果たしてどうだろうか。
 顔を上げて、目の前のラドの背を見つめる。海里の目線と等しい位置には彼の厚みのある肩がある。手足が長くバランスがよいせいか、遠目にはそれほどがっしりした身体つきには見えないのだが、近くで見ると彼の身体が非常に鍛えられたものであることがわかる。
 海里は骨が細いせいか、いくら鍛えてもまったくボリュームが出ないのに比べ、彼の身体は均整がとれていてとても美しい。純粋に男として憧れる体躯だ。顔立ちだってそうだ。彫りが深く、野性の獣のような鋭い瞳を持つ彼は男らしさが滲み出ている。それに比べ海里、は中性的な面差しに加えて目元にある泣きぼくろが儚げな印象を与えてしまうらしい。だからとても羨ましかった。
 彼自身は実にラフな人間だけれども、その性格がまたこの容姿に合っていて、魅力的であった。
 早くこの山を下りてしまいたいと思う反面、いつまでもこうしてふたりで行動を共にしていたいと思ってしまう。……多分それはこの異常な状況から逃避したいがために脳が思わせているのだろうけれど。
 海里は苦笑する。
 まさか、こんな目に遭うだなんて。一ヶ月前に戻って自分に忠告してやりたい。うまい話にはけっして乗せられるな、と。
 海里は、目の前のラドに気づかれないようにひっそりと溜息をつきながら、ひと月前のことを思い出していた。


続きは2015年8月12日発売フルール文庫ブルーライン「緋痕の虜囚」にてお楽しみください。

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