WEBマガジン{fleur}フルール

登録不要&閲覧無料!! 男性同士の痺れるような恋愛(ボーイズラブ)が読みたい貴女へ。ブルーライン
トップ ブルーライン 純情彫刻家の不埒な指先 【お試し読み】純情彫刻家の不埒な指先

ブルーライン[純情彫刻家の不埒な指先]

WEB連載分に書き下ろしと伊東七つ生先生のイラストをつけて文庫化! 純情彫刻家の不埒な指先

浅見茉莉

前へ ← 1 2 3 → 次へ

第4回:【お試し読み】純情彫刻家の不埒な指先

 だからといって、自分がどんなフォルムを求めているのかも、まだ判然としない。それがまたジレンマと焦燥を呼び起こす。
 ああもう、どうすりゃいいんだよ……。
「……ううう……っ……」
 頭を抱えて膝をついた瞳の呻きが、ゴシックホラー風の薄暗い屋敷の中に呪わしく響いた。



 某私立芸術大学の美術学部――そこがここ数年の真柴遼(ましばりょう)の職場だ。
 今日も実習室の中央に立ち、黙々とデッサンをする学生たちを見つめていた――全裸で。
 二十七歳の真柴は大学を卒業後も定職に就くことをせず、学生時代からのアルバイトであるデッサンモデルで食い繋いでいる。美術系の学生の前で、一糸まとわず――着衣の場合もあるが――ポーズを取る、あれだ。
 たまたま顔の造作がよく、長身で引き締まった体躯に恵まれていることもあって、デッサンモデルとしての需要はそこそこだ。
 というよりも、本格的にファッションモデルやタレントにならないかと誘いを受けることもあった。
 しかし、真柴に関心はない。そういった派手な仕事にも、当たれば期待できる高収入にも。
 今どきの若者と言われればそうなのだろうけれど、贅沢をしなければ現状で暮らしていけるし、特にやりたくもない仕事で、しゃかりきになって稼ぐのも性に合わない。
 もちろんやりたいことがあれば、夢中になって専念する――と思う。怠惰で働きたくないわけではない。ただ、まだそれに出会っていないだけで。
 ……ま、いつか見つかればいいんだよ。必死になって探すつもりもないけどさ。
 デッサンモデルの仕事は好きだ。必要以上に自分の見てくれに自信を持っているわけではないが、評判と需要からまあいいのだろうと客観的判断をしている。
 それに、ヌードは解放感がある。周囲はきっちり服を着ているのに、自分だけが全裸でも咎められることがないのも、なんとなく愉快だ。
 さらに、一心に真柴を見つめる学生たちの目がいい。真剣に取り組んでいるさまを、まさに肌で感じられるわけで、ぜひこの中から大成する芸術家が出てほしいと願わずにはいられない。
 実習終了のチャイムが鳴り、学生たちのため息がそれに重なった。真柴もポーズを解いて、強張った肩を回す。
「遼ちゃーん、これから飲みに行くけど、どう?」
 油絵科の女子学生三人組に声をかけられたが、真柴はガウンを羽織りながら首を振った。
「あー、残念。今、金欠なんだ」
「そのくらい、うちらで奢るよ」
「あたし、昨日お小遣いもらったし」
 私立の芸術大学なので、裕福な家庭の子女も多い。それはそういう環境に生まれついただけなので、なにも言うことはないが――。
 おまえら、実習時間中ほとんど描いてなかっただろ。
 学ぶ場所に来ている以上は、ちゃんと取り組んでほしいと思うので、そうではない学生にオフにまで関わる気はない。
「いやいや。一応男だし年上だし、奢られるわけにはいかないって。俺にもプライドがあるのよ」
「プライドー! フルチンで」
 きゃっきゃとはしゃぐ女子学生をそれ以上相手にせず、真柴は実習室の片隅にあるドアへ向かった。
 石膏像やイーゼルが詰め込まれた準備室の隙間で服を身に着けていると、軽いノックの音が響く。
「どうぞー。着替えてますけど」
「パンツ穿いてりゃいいよ」
「棚倉(たなくら)さん?」
 シャツのボタンを留めながら顔を上げた真柴は、ドアの前に立ったスーツ姿の男に笑いかけた。
「久しぶりじゃないすか。幸田先生のとこ来たんですか?」
 棚倉研吾(けんご)は美術雑誌『綺羅(きら)』の編集者で、この大学にもよく出入りしている。真柴にデッサンモデルのアルバイトを紹介してくれたのも、棚倉だ。
 そもそも棚倉と真柴は、同じ大学で五年違いの先輩後輩だった。棚倉は芸術学部の院生で真柴は人文学部と、ほとんど接点はなかったが、
『すげえイケメンがいるって聞いてたけど、マジな。美術モデルのバイトしないか?』
 と、キャンパスでいきなりナンパされたのだ。
 以後、棚倉が芸術家の道を諦めて出版社に就職してからも、付かず離れずのつきあいが続いている。
「いや、おまえに会いに」
「俺?」
 きょとんとした真柴に、棚倉は頷いた。
「うん。そうだな、飲みに行って話すか」
「奢りならいいっすよ」
「プライドがあるんじゃなかったのかよ」
 どうやら一連の流れを聞いていたらしい。
「棚倉さんに張り合うプライドなんかありませんて。俺ってけっこう舎弟でしょ」
 ベストに袖を通してドアに近づこうとすると、棚倉が立ちはだかるように押し入ってきた。
「そうそう。でも、先に言質を取っておくかな」
「言質? 穏やかじゃないなあ。なんすか?」
「取材のバイト」
 取材とは、雑誌の仕事だろうか。『綺羅』は比較的柔らかめな美術雑誌なので、軽いインタビュー記事なども載っている。しかし、基本的な知識なしでは務まらないのではないか。真柴も一応美術業界に足を踏み入れて数年というキャリアはあるが、しょせんはデッサンモデルだ。
「なんで俺に? そんな忙しいんですか?」
「少なくとも暇じゃないな」
 思わせぶりな言い方だ。というか――。
「俺にできることなんですか? そもそも誰の取材なんです?」
「影森瞳」
「かげもり――」
 誰だっけ、と真柴は首を捻った。
「彫刻家の影森瞳だよ。アポロン工業の」
 言われてようやく思い出した。というか、マッチョなアポロンの大理石像が目に浮かんだ。その彫刻が有名になりすぎて、広告に使ったメーカーがアポロン工業と社名を変更してしまったという曰くつきだ。
「その影森瞳に、俺が取材するんですか? なんで? 棚倉さん、好きなんじゃなかったでしたっけ?」
 芸術家の名前などほとんど知らない真柴だが、なんとなく聞き覚えがあったのは、過去に棚倉の口から影森瞳の名前を聞いたことがあったからだ。
 年齢的にも近いはずで、棚倉が芸術家志望だったころに、影森瞳は華々しくデビューしている。これからもっと認められると言っていた記憶があるし、注目していた彫刻家なら、多少忙しくても自分で取材したいのではないか。
 しかし棚倉は、微妙な顔で口ごもった。
「いや、好きっていうか……興味があるんだよ。ほら、今んとこ本人は全然表に出てこないし、最近は妙な噂も聞くし」
「妙な噂?」
「聞いたことない?」
 棚倉の問い返しに、真柴は首を振る。芸術家個人にはまったく興味がない。
「特徴的なフォルムだろ、影森の作品って。ありていに言って、すげえマッチョ。で、使うモデルもそういう体型の奴なんだけど、そいつらをモデル以外にも使ってるって話。美味しくいただいちゃってるっていうか」
 あ、ホモか。芸術家には多いっていうしな。
 真柴自身も恋愛やセックスの相手の性別にはこだわらないと自覚しているが、今のところ恋愛は女性としか経験したことがない。セックスのほうは、まあ、流れやノリで同性とも数回ある。
「いいんじゃないすか。同意の上なら」
 同性OKの真柴でも、自分より大きな相手に組み敷かれるのは遠慮したいところだが、そこは個人的な好みの問題なので、外野がとやかく言うことではないだろう。
「本人も筋肉の虜になってて、モデルをしのぐようなムキムキらしい」
「はあ……」

前へ ← 1 2 3 → 次へ
▲PAGE TOP