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ブルーライン[夜間逃避行]

WEB掲載分に書き下ろし&絵津鼓先生のイラストを加えて文庫化決定! 夜間逃避行

久我有加

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【お試し読み】夜間逃避行

プロローグ

 フロントガラスの端で何かがキラリと光った気がして、内野成一は瞬きをした。急いで運転席から降り、光が見えた方向を見上げる。
 頭上に広がっていたのは、西に夕暮れの気配を残した夜の空だった。空気が澄んでいるせいだろう、星がいくつも瞬いている。が、先ほど目に飛び込んできた強い光はどこにも見当たらない。
 気のせいか……。
 国道沿いにある定食屋の駐車場は、夕食時とあって車の出入りが激しい。ヘッドライトを異端の光に見間違えたのかもしれない。
 未確認飛行物体現る! ――ワイドショーやスポーツ新聞にそんなタイトルが躍ったのは十日ほど前のことだ。コンビニでたまたま見かけたスポーツ新聞の一面で、未確認飛行物体、つまりUFOの目撃情報を知った成一は、気が付いたときにはその新聞を購入していた。
 場所は、とある海辺の田舎町。目撃者は地元の漁師とカップル。スマートフォンで写真をとったのはカップルの男性である。
 彼がマスコミに提供した写真には、確かに光るものが複数写っていた。嘘か真か、その町では江戸時代にもUFOが目撃されていたらしく、寺に記録が残っているそうだ。UFOマニアの間では有名な話だという。だからこそスポーツ新聞に載るようなニュースになり、成一の目にとまり、今こうしてUFOを見るために海辺の町へ向かっているのだ。
 目撃された町まで、まだかなり距離がある。そんなに簡単に見つけられたら、ニュースになどならないだろう。
 とはいえ成一はUFOマニアではない。正直、生まれてから二十六年、UFOなんて一度も興味を持ったことがなかった。
 しかし今は違う。非日常の光景を、見られるものなら見てみたい。
 成一は改めて星がちりばめられた空を見上げた。緩く吹いてくる風は、夏の終わりに相応しく生ぬるく湿っている。そういえば先ほどラジオの天気予報で、小型の台風が近付いていると言っていた。その台風が秋を連れてくるらしい。
「台風が行っちゃうまで、出発しない方がよかったかなあ……」
 このところ、テレビもラジオもつけていなかったのが仇になった。
 しかし今更戻る気にはなれない。
 実際に外に出てみてわかった。大学時代からずっと住んでいる一人暮らしのマンションには、思い出が多すぎるのだ。あんな部屋にこもっていてもろくなことはない。
 幸い、弱い台風のようだから、早めに宿をとれば大丈夫だろう。
 ふー、と息を吐いた成一は車体にもたれた。
 こんな風に夜空を見上げたのって、いつぶりだっけ。
 社会人になってからは仕事に慣れるのに必死で、空をのんびり眺めたことなどなかった。大学時代は講義やサークル活動に加え、初めての一人暮らしと、すんなり両想いになれた彼女の存在に浮かれていて、やはり空など見つめている暇はなかった。中学と高校も勉強と陸上部の活動に忙しく、小学生の頃も勉強と遊びに夢中だった。
 ああ、俺、空を眺めたことなんかなかったのかも……。
 毎日やりたいことがたくさんあって、楽しくて充実していた。
 今、こうして一人空を見上げているのは、やりたいことが何もないからである。
 いや、やりたいことがないだけなら、まだましだ。
 今の俺には何もない。空っぽだ。
 婚約者も親友も仕事も、ここ数ヶ月で全部なくしてしまった。まるで今まで歩んできた人生を、おまえは間違っていたのだと全て否定されたかのようだ。
 胸の奥がズキリと痛むと同時に、ぎゅるるる、と腹が鳴る。
 そういえば、昼はコンビニで買った菓子パンを牛乳で流し込んだだけだった。
「空っぽでも腹は減る」
 苦笑した成一は、定食屋に向かって歩き出した。

   ◇◇◇

 延々と続く田んぼに挟まれた国道を走っていて偶然見つけた定食屋は、明らかに昭和の建物だった。「めし」とだけ書かれた看板も錆だらけだ。すりガラスの引き戸にかかった暖簾も、すっかり色褪せている。
 それでも寂れた感じがしないのは、けっこうな数の車が停まっており、繁盛しているからだろう。
 引き戸を開けるとすぐ、らっしゃい! と威勢の良い声が飛んできた。様々な料理のにおいと煙草のにおいが入り交じった、わずかにひんやりとした空気が全身を包む。外が蒸し暑くなってきたからちょうどいい。
 店内は想像していたより広かった。パイプでできた簡素な机と椅子は、男性客でほぼ埋まっている。駐車場に停めてあった車の多くはトラックやタクシーで、ファミリーカーは数えるほどしかなかった。だからカップルや女性客、親子連れの客は少ないだろうと思っていたが、案の定だ。今は幸せそうなカップルや家族連れは見たくないからちょうどいい。
「いらっしゃいませ! すいません、今ちょっといっぱいで。相席でもいいですか?」
 割烹着を身につけた中年の女性に愛想よく声をかけられ、はいと頷く。すいませんねえとまた謝りつつ、女性は出入り口に近い席に成一を促した。
 そこに一人で腰かけていたのは、同い年くらいか、少し年上に見える男だった。がっちりとした長身をポロシャツとジーンズというラフな格好で包み、キャップを目深にかぶっている。トラックの運転手だろうか。
「お客さん、すいません。相席お願いできますか?」
 店員の女性に申し訳なさそうに声をかけられ、はいと男は頷いた。キャップのせいで表情はよくわからないが、すっきりとした男らしい口許には笑みの欠片もない。
 若干不安になった成一とは反対に、ほんとにすいませんねえ、と店員は臆することなく謝る。
「さ、お客さん、どうぞここへ座ってください。今お冷持ってきますね」
「ありがとうございます」
 成一は礼を言って、そろそろと腰を下ろした。そして斜め前に座っている男に、すみませんと頭を下げる。いえ、と男は短く応じてくれた。目線が下に降りたせいか、彼の顔が案外整っていることがわかる。女性が好みそうな、精悍な面立ちだ。
 テーブルの上に置かれた彼の左の薬指に指輪がないことを確認して、なんとなくほっとした。幸せな人は苦手だ。
 まあでも、カノジョは確実にいそうだけどな……。
 とりあえず、目の前で幸せを見せつけられないのならそれでいい。
「はい、しょうが焼き定食お待ち!」
 威勢の良い声と共に、先ほどの割烹着の女性が男の前に盆を置いた。キャベツがたっぷり添えられたしょうが焼きが、ほくほくと湯気をたてている。他に山盛りのご飯と味噌汁と漬物、そしてひじきの煮物がついていた。しょうがと醤油のこうばしい香りが漂ってきて、口の中にどっと唾が湧く。
 ぎゅるるるぅ、と腹が盛大に鳴るのと、お冷とおしぼりが目の前に置かれるのとは同時だった。
 女性店員だけでなく、男も驚いたようにこちらを見る。
「すみません……」
 恥ずかしくてうつむき加減に頭を下げると、店員は明るく笑った。
「いえいえ、ここは食堂ですからね。お客さんは腹ペコで当たり前です。ご注文が決まったら呼んでくださいね」
「あ! あの、しょうが焼き定食ください!」
 咄嗟にしょうが焼き定食が口から出てしまったのは、男が注文した定食があまりにも旨そうだったからだ。
「はいよ、しょうが焼き定食ね!」
 おかしそうに応じてくれた店員が厨房の方へ戻っていくのを見送っていると、男の口許がわずかに緩んだのが視界の端に映った。

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